ナポレオンが「世界の大広間」と絶賛したサンマルコ広場。
今では朝から晩まで観光客と鳩が大勢集う世界屈指の観光スポット。 そう、観光客もさることながら鳩の多さも半端ないのです。広場を歩くと鳩の群れが波のようになって一緒に進みます。文字通り「一歩間違えれば」鳩を踏んづけてしまうような距離で鳩の群れと歩き進む、そのとき頭にうかんだ その現象は名付けて「鳩の絨毯」。
僕は鳩を引き連れ広場の中央まですすむ。そこで立ち止まりサンマルコ広場をぐるりと一周見回してみる。
四角い台形の形をしたサンマルコ大広場の3辺は整然と並ぶ円柱に囲まれる列柱廊、それが切れた1辺の隅にオレンジ色のきれいな鐘楼がそびえ、その向こうにオリエンタルな雰囲気のサンマルコ寺院が構える。一定のリズムを静かに刻む列柱廊の「整然」をかき消すようにあるサンマルコ寺院のビザンチンの様式美。こうして広場の中央からサンマルコ寺院の方を向いて立っていると、まるでこの広場が見事な劇場のように思えてくる。ナポレオンが絶賛したり、鳩はともかく世界中の人が惹かれて集まってくるのもうなずけます。
広場をぐるりと見回すと、いくつかオープンカフェがあってバンド演奏をやっている場所がある。そのうちの一つでひと休みをすることに。そのとき好きな音楽を演奏しているカフェを選んでテラス席のテーブルに着きました。
そこはカフェ・クアドリ(Quadri)、1775年の創業の当時は本場トルココーヒーを飲ませる店として評判だったとか。1720年創業のヨーロッパ最古のカフェ・フローリアン(Florian)とはちょうど向かいに位置します。フローリアンは300年、クアドリは250年の歴史を持つ老舗カフェ。僕の主観で申し訳ありませんが語感的に「フローリアン」は素敵に響き「クアドリ」って面白く響くのですが、ともに店主の名前だそうです。
サンマルコ劇場(広場)を眺めながら、贅沢に音楽を聴きながらエスプレッソをすすります。サンマルコのカフェでは飲み物代のほかに「音楽代」をとられる。もともとエスプレッソも結構な値段でえらく高いひとときですが、この景色と音楽と1775年から続くカフェということでなんだか許せてしまいます。
ステージで演奏するバンドはピアノ、ヴァイオリン、アコーディオン、ベースの構成。他のカフェ含めてサンマルコ広場で聴こえてきたのは主に新旧映画音楽、その他jazz、ポップス等々。ほとんど僕が知っている曲ばかり。ちなみにエスプレッソ飲み始めに始まったのはオードリーヘプバーン主演の「ティファニーで朝食を」で流れる名曲「ムーン・リバー」。知ってる好きな音楽が旅先で聴けるというのはとても落ち着きます。
待てよ?
ここで演奏される曲はほとんどアメリカの音楽だ。イタリアのヴェネツィアにいることを思うとちょっと複雑な心境になる。おなじ映画音楽でもたまに「ニューシネマパラダイス(イタリア映画)」が聞こえてくるとホッとする。決して悪いことではないけれど、なぜこんなことになっているのか?
「ゴンドラに乗りながらゲーテはゴンドリエレの歌うタッソーの歌を聴いて涙が出るほど感動できたけど、われわれは戦後のアメリカ人観光客の悪趣味のおかげで、ヴェネツィアにいながらナポリ民謡を聴かされ涙も引っ込むほどしらける。」
僕はアメリカの音楽も映画も嫌いじゃない、というかむしろ好きだけど、旅先では旅先の文化に浸りたい。なんか現実に引き戻されてしまうようで、やはりヴェネツィアではヴェネツィアに浸りたいんですけどね。うっかりそんな矛盾に気付いてしまって、せっかくのいい気分がモヤモヤした気持ちに変わってしまった。
そういえば、スイスのツェルマットのお祭りで演奏されていた音楽もほとんどがアメリカ音楽だったっけ。近代史の中心は大国となったアメリカだったが故、観光客といえばアメリカ人という時期が長かったからなのか、はたまた映画や音楽の大衆性の高さによるものか、その両方に理由がある気がする。
250年つづく老舗のカフェでエスプレッソを啜りながら、そんなもやもやを考えていたことを思い出して、またもやもやした気持ちが蘇ってしまいました。
P.S. このときの宿の一つ向こう側の通りにサイケなカフェがあって、そこから聞こえてきたのは日本の渋谷系音楽でした。異国の地で知ってる音楽はホッとするんですけど。ね。