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かつて西ドイツの首都だった街。
ここは世界が冷戦に包まれていた時代、1949年から1990年の間、約50年西ドイツの首都として機能した街です。ベルリンの壁が壊れて以降、首都はベルリンに移されましたが、NATO、EUといったヨーロッパの中心都市ブリュッセルに近いことから、その後も首都機能を残しドイツ連邦の中枢を担っています。
どんな大都会かと思ってふらっと立ち寄ってみたら、こじんまりしたとても静かな落ち着いた街だった。
マルクト広場への道
マルクト広場
正面に見えるのは市庁舎。
ボンの起源はガリア(ケルト)人集落。でも街として発展を遂げたのは紀元前1世紀にローマ軍の駐屯地が置かれてから。その駐屯地からローマの街に進化した3世紀には、この場所に教会が建てられていたと言います。11−13世期建て替えられ現在見られるロマネスクの聖堂となりました。
ドイツの街をいくつか巡るとこの様式の教会にいくつも出会いました。ロマネスクと言っても、この地方の様式はまた一味違います。10世紀頃に広まるロマネスク様式はイタリア、フランス、ドイツで独自の進化を遂げたようです。ドイツロマネスクの代表的なスタイルがこのボン ミュンスターのスタイルですね。
実は当時、僕はとてももったいないことをしていたことにあとで気づきます。
ライン川近くを歩いていたとき”ベートーベン・ホール”なるものがあったり、ベートーベンという名のカフェがあったりして、もしやと思ったのですが、ボンはベートーベン の生地だということを後で知った次第。
ベートーベンの生家があったり、ベートーベンの像があったりしたのにそれらは訪ねず仕舞い。
当時何の予備知識もなく、ライン川沿いの街フラッと立ち寄って、まあ、時間もなかったのだけど、やはり知っていればもっと違う見方ができただろう。
旅行は下調べをするかしないかでその時間の厚みが随分変わると改めて認識した次第。
このことを抜きにしても、このわずかな滞在だったけど、落ち着きのあるきれいな街並みの残るボンをすっかり気に入ってしまいました。