パリのノートル=ダム(Notre-Dame de Paris)
時期◼️1163-1345
場所◼️ 6 Parvis Notre-Dame - Pl. Jean-Paul II, 75004 Paris, フランス
魔除の魔物。
ノートル=ダムのあちこちにいて、色々な災厄からノートル=ダムを守っています。
この建物の側面からニョキニョキ生えている魔物たちは雨樋。ガルグイユ(Gargouille)、英語ではガーゴイル(Gargoyle)と呼ばれます。
生き物を模した雨樋は古代エジプトから存在して、建物の上部に動物の形をして存在していたと言います。古代ギリシアの神殿ではライオンとして雨水を吐き出していた。
中世になってゴシック建築が隆盛となると、このガーゴイルが魔物や怪物といった想像上の生き物(?)の形となりました。魔物なのですが、結構コミカル。
また、ノートル=ダムの色々な場所には雨樋だけでなく、多くの魔物たちが張り付いています。
場所によってはこんな体が緑色になってしまったり、こう言う状態も含めて色々な魔物たちがいて、それを見つけるもの結構楽しい。この魔物、背中は緑、足だけ何か灰色に汚れが残っていて結構迫真の姿です。誰かに語りかけているみたいです。
パリを見下ろす姿の写真をあちこちで目にするようになり、ノートル=ダムで一番有名な魔物がおそらく この方。両肘ついてパリの街を見ながら何か考え事をしている。
以前ノートル=ダム横のお土産物屋で店員さんに「一番有名な魔物を 」と選んでもらったのが上の写真にもいる、この方。店の人は「名前はThinker(考え屋)」と教えてくれた。今ではうちを災厄から守ってくれています。
雨樋はノートル=ダム創建時からあるものですが、雨樋ではない魔物は、実は割と最近登場したと言います。
その背景とは、
1789年フランス革命によって、市民の自由思想と共に宗教に対する否定が広まると、あちこちで教会の破壊略奪が横行しました。パリのノートル=ダムも例外ではなく、荒廃して聖堂ではなく倉庫として使用され、やがて崩壊寸前という状態となった。
そんなノートル=ダムを1804年に皇帝となったナポレオン1世がノートル=ダムで戴冠式を行い、1831年にヴィクトル・ユゴーが「Notre-dame de Paris(ノートル=ダムのせむし男)を出版することによってノートル=ダム救済のためにフランスが動き出します。
1845年に建築家ヴィオレ・ル・デュク(Viollet-le-Duc)によって、大修復工事が始まります。
デュクは1330年のノートル=ダムの完全な復元を徹底して行います。
しかし復元と言いながら新たに付け加えてしまったのが、この魔物たち。「雨樋の魔物たち」は創建時から存在しましたが、今あちこちに見られる「雨樋ではない魔物たち」はこの19世紀の修復でデュクが拡大解釈で付け加えたものでした。
今ではノートル=ダムに欠かせないキャラクターとなっていますが、当時は強烈な批判があったと言います。おそらくデュクは、人災・天災問わずノートル=ダムを未来永劫災厄から守りたかったと言う純粋な思いと、デュク自信が名前を刻む代わりに聖堂に自分を刻み残したかったのでしょう。
魔物ではないかもしれないこんなものたちも、ノートル=ダムを彩り、守っているのかもしれません。僕のお気に入りの彫像たち。
2019年春、ノートル=ダムは火災に見舞われた。人災らしい。残念でならないけど、もとの姿を取り戻せるように頑張ってほしい。結局、歴史的に重要なもの、価値のあるものに大きなダメージを与えるのは、多くの場合、悲しいけれど人間なんだよな。デュクの願い込められた魔物たちも、人間の所行からはノートル=ダムを守りきれなかった。
cmn.hatenablog.com
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