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ミラノのドゥオモ

f:id:fukarinka:20210417211244j:plainuomo di Milano / ミラノのドゥオモ

 建設時期:1386〜1906

 

*「ドゥオモ」って?

フランスで「ノートルダム寺院(Notre-dame)」という同じ名前の聖堂があちこちにあるように、イタリアでは「ドゥオモ(Duomo)」という聖堂を各地で見かけます。「ドゥオモ」とはその土地を代表する大聖堂の呼称です。なので、本来は場所を特定して「○○のドゥオモ」という言い方をします。このドゥオモは「ミラノのドゥオモ(Duomo di Milano)」というのが正しい呼び方になります。

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キリスト教(カトリック)世界にとってのミラノ

ローマ皇帝コンスタンティヌスによって313年に発布された「ミラノ勅令」。これによって、それまで迫害の対象だったキリスト教が初めて古代社会に認められることになりました。そして当時衰退期に入ったローマ帝国の西側の首都となったミラノは、キリスト教世界にとって、公認後のキリスト教発展の礎となった重要な場所でした。

また地政的にもイタリア半島から見て大陸側への扇の要の場所にあり、ミラノという街はイタリアにとっても諸外国にとっても非常に重要な都市であったわけです。

ミラノのドゥオモは地政的にも歴史的にも重要な場所に作られた重要な大聖堂だということがわかります。

 

*完成まで500年?!

聖堂建設はどこもとても時間がかかっており、200年300年は普通でした。でもミラノのドゥオモの時間のかかり方は異常で、1386年に着工し結局教会として現在のようなカタチがほぼ完成したのが1809年(着工から450年後)。更にその後も少しずつ工事は進められ、結局工事完結と宣言されたのは1906年(着工から520年後)。なんと20世紀になってからでした。 

 

ドゥオモ建設のきっかけは1353年サンタ・マリア・マジョーレ教会が崩れ落ちたことによります。当時ローマとミラノの2箇所にしかない「サンタ・マリア・マジョーレ」の一つが崩れた事はキリスト教世界では一大事で、その代わりとなる新たな大聖堂(ドゥオモ)の建設が急がれました。

ただし工事は、ミラノ公国誕生後、有能な君主の登場を待たなければなりませんでした。

ミラノ公ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの治世の1386年にようやく着工。このときジャン・ガレアッツォの意向でイタリアだけでなく外国の建築家たちも招かれ聖堂建設に当たることになりました。ロマネスク様式が主流だった当時のイタリアでゴシック様式の聖堂として建設が進められた理由の一つはこんなところにあってのでしょう。

ミラノのドゥオモ建設 略史

14世紀 1386着工
15世紀 中央祭壇、八角形円蓋完成(レオナルドはコンペに負ける)
16世紀 半世紀工事中断。再開後は宗教改革の余波から内部をバロック風に変更される。
17世紀 正面の工事中断。その後1世紀半の間手つかずとなる。天井の完成。
18世紀 八角円蓋の上の尖塔完成。聖母マリア像が立つ。
19世紀 ナポレオンが戴冠式を行うために1809年正面の工事を強引に完成させる。時短命令により、当初のプランとは異なるカタチとなった。
20世紀 中央入り口の扉の取り付けによって完成

聖堂としてはローマのサンピエトロ寺院に次ぐ、イタリア第2の規模。ゴシック建築としてはイタリア最大というのがこの「ミラノのドゥオモ」だけど、工期520年の理由はその規模の大きさではなく、ミラノという国の宿命みたいなものによる。

これはミラノの街自体がキリスト教の、そして地政上の要衝であることから、いろいろなものに狙われ、支配者が頻繁に入れ替わり、破壊と再構築が繰り返されたことで、ドゥオモの工事も520年の間、何度も工事が中断されたり計画が見直されたりしたのでした。

 

*唯一無二、不思議なファサードの誕生の裏に。。

ミラノのドゥオモは「ゴシック様式の聖堂」です。でもイタリア国内やゴシックの本家フランスなど含めても類を見ない唯一無二のフォルムをしている、とても貴重な建物でもあります。

ミラノのドゥオモの最大の特徴は三角形のファサード。他のゴシックの聖堂とはずいぶん違った「顔」をしている。

 

*イタリアで購入した絵葉書

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下にある図面はミラノのドゥオモの完成予定図(だった)。

そもそもは他のオーソドックスなゴシック聖堂として正面に高い鐘楼を持つファサードのプランで工事が進められていた。もし計画通りに完成していたら、ドイツのケルン大聖堂のような姿になっていたかもしれません。

 

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なぜ、鐘楼は作られなかったのか?

鐘楼含むファサードの工事が進められようとした当時、ミラノはナポレオンの支配下にありました。ナポレオンはイタリアに王国を作り、自分が国王に即位して統治することを急ぎ進めたかった。その即位の舞台は「ミラノのドゥオモ」でなければならなかったのです。キリスト教世界で大きな影響を持つミラノ。その大聖堂という完成した舞台がすぐに必要だった。工期を大幅に短縮するため、鐘楼削除で無理矢理、身廊部分の断面を正面ファサードに仕上げさせたのでした。

その結果わずか4年でほぼ現在と同じ状態になり、ナポレオンは無事、完成した大聖堂で戴冠式を行う事ができたのです。

 

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 ナポレオンの都合でプランを変更し、あるべきものを削って超特急で仕上げさせたのが現在に続くミラノのドゥオモの姿。でもそれが唯一無二のとてつもない個性となったわけです。そして、急な変更でこのファサードがよくこれほど美しく仕上がったこと。これは奇跡と言えるかもしれません。

ゴシック建築はもともと北フランスで生まれ、その後北方へ広がっていったもの。なので実はイタリアでゴシック建築はあまり見られない。ドゥオモ建設にあたりジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティが外国の建築家を招かなかったら、そもそもゴシック様式ではなかったかもしれません。

ジャン・ガリアッツォ・ヴィスコンティナポレオン・ボナパルト。ミラノの人々が誇れる唯一無二のゴシック聖堂の誕生は、この二人によるところが大きいといえます。

 

*ドゥオモの中へ

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 今どんなシステムになっているかわからないけど、当時は左にある紙のチケットを購入してドゥオモの内部に入りました。これで聖堂内部の見学と屋上に上がることができたはず。。

味のあるデザインと入場で開けられたパンチの後がなんとも懐かしくも暖かい。

 

ミラノのドゥオモはゴシック建築末期に建設されたことと、フランスで生まれたゴシックにイタリア人の感性が融合したことで、本家フランスのどの寺院よりゴシック様式の完成が見られていると言います。

 

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*そして屋根の上へ

屋上へ向かう途中、ドゥオモの梁の構造や、針のような尖塔群が間近で見られます。

数えきれないほどの尖塔が林立し、そのひとつひとつに聖人の彫像が立って、ミラノの街を見守っている。この聖人たちは歴史に翻弄されたミラノの街をどんな思い出見ていたのでしょう?

間近で見るとゴシック様式のフライングバットレス(飛梁)の構造美と合わせて、細部までとても美しい建築になっているのがわかります。

天気が良く空気が澄んでいれば、ここから遠くアルプスの山々まで見渡す事ができるとか。

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中央の尖塔の上には聖母マリアの像が建ちます。

この中央の八角塔は15世紀、ルネサンスの真っ只中にミラノで活躍する多くの芸術家から設計を公募し、入選した者を塔の建築主任に抜擢しました。ちなみにこの時、レオナルド・ダ・ヴィンチも応募したのですが落選でした。

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 教会の十字の中心となる中央の八角塔部分。細部まで見ると素晴らしいのだけど、全体的に捉えた場合、とても控えめな存在となります。その後のルネッサンス様式になると十字のプランの中央は尖塔からクーポラ(円蓋)にかわって行くのです。

 

ドゥオモ屋上から眺める、ドゥオモ広場。上から見るとよくわかる広場の床の模様。

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夜になってドゥオモがライトアップされると、正面のファサードとこの聖母マリア像が、たくさんの尖塔の中、この金色のマリア像だけに光が当たり、夜空に浮き立ち存在するという、とても神秘的な姿を見せてくれます。

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 *ドゥオモへの想い

ミラノという場所の特殊性から、度重なる建設工事の中断。延びに延びた工期はナポレオンによる突貫工事でようやく聖堂として現在の姿となった。ここまでに約420年の歳月が費やされて、その後も工事はつづき、最終的な完成まで更に100年。トータルで520年というとてつもない時間をかけてミラノのドゥオモは完成しました。

「ドゥオモの建設工事のように長い・・・・」

ミラノの人々は気の遠くなるような時間を、こんな風に形容するそうです。。。

ミラノの人々のドゥオモへの大切な想いが詰まった言葉です。

 
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