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ピサ2 ドゥオモ広場

f:id:fukarinka:20211031125122j:plainドゥオモ広場(P.za del Duomo)

「なんてきれいなところだろう・・」

斜塔を目当てに訪ねたドゥオモ広場だったのだけど、初めてこの広場に足を踏み入れた瞬間、緑の芝生に白い建物が点在するこの空間の虜になってしまいました。

ピサ・ロマネスク様式の粋と、どういうわけか傾いてしまった鐘楼がこの空間をより「奇跡の広場(Piazza dei Miracoli)」にしているのです。

 

広場の西側、聖マリア門から広場に入ります。

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この奇跡の広場は4つの建物からなります。これら四つの建物は海洋国家であったピサが地中海を縦横無尽に航海した先で得たさまざまな文化を取り入れたピサ・ロマネスクと呼ばれる独自の建築様式となっています。手前の洗礼堂、ドゥオモ、鐘塔(斜塔)、そして左手の納骨堂。このドゥオモ広場は地中海各地の建築様式が織り込まれたピサ・ロマネスクによる白大理石と円柱のリズム、そして緑の芝と大理石の白の調和、建物のリズムがとても心地よい空間でした。

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ここでふと気づくのです。この空間はヨーロッパの広場の中では異質。ヨーロッパの広場は大抵の場合、フィレンツェのにドゥオモ広場のように街の中に溶け込むようにあり、聖堂や鐘楼も街と同化するように存在する場合が多い。それに対してピサのドゥオモ広場は街とは隔離する形で空間を区切っていて、その中に重要な建物をバランスよく配置する。これは日本の法隆寺に通じるものがあって、僕が何か強く惹かれる理由はそこにあったのかもしれません。

 

■聖ヨハネ洗礼堂(Battistero di San Giovanni di Pisa)

1152年に建設が始まり完成は1353年。工期が200年その間、建築家が代わったこともあって1層目はロマネスク様式、2層目以上はゴシック様式で作られています。

中は音響効果がすばらしいと言われています。中に入ったとき、たまたま修道士の雰囲気のある男性(ドゥオモの人だと思う)が聖歌を歌うようにその響きを実演してくれた。確かにすばらしかった。響きもその人の声も。

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ちなみに左手奥の白いシンプルな建物は納骨堂。

 

■ドゥオモ(Duomo)

ピサ海軍がシチリアのパレルモ沖でサラセン艦隊(イスラム教徒)との戦いに勝利したのをきっかけに、1063年にドゥオモの建設が始められ、12世紀にかけて形作られていきました。ピサのドゥオモはイタリアにおけるロマネスク建築の最高傑作とされ、その様式は「ピサ・ロマネスク様式」と呼ばれます。

バランスの取れたフォルムに細身の円柱とアーチが4層に構成されたファサードが背後に見える鐘楼と共にとてもこの空間に映えます。

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内部空間がまた秀逸です。

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海洋国家であり、東方貿易も盛んだったピサらしく、外観同様内部も様々な様式が調和のうちに混在して、強烈なオリジナリティを感じます。

後陣主祭壇、ラテン十字の交点のあたりはビザンチン様式の影響が強くみられます。半円ドームによる空間、モザイク画といったビザンチンの特徴にロマネスク様式が融合しています。

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身廊を支える柱はパレルモ遠征で得た戦利品として持ち帰ったという、古代ローマ神殿を支えたコリント式円柱。白黒色大理石によるストライプ上の装飾はトスカーナの特徴、尖頭アーチはイスラム建築の様式、ロンバルディアのブラインドアーケード、そしてバシリカ様式に通じるロマネスクの格子天井。本当にいろいろな様式が混ざり合って、でも調和を守って融合しているところがすごいです。

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ピサ・ロマネスク様式の建築が調和のもとに配置された広場としてだけでも、十分すばらしい空間なのですが、この広場を「奇跡」と言われるまでになったのは、鐘楼「斜塔」の存在によります。

 

次は「奇跡の斜塔」をみていきます。

 

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