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旅行の記憶と何気ない日常を

古代ローマ小話 ローマとキリスト教と僕

僕は無神論者です。神社で初詣をして、死ぬ時は多分仏教のお寺の先祖代々の墓に入る。何かあれば「神様仏様」を唱え、都合の良い時に、都合の良い自分の神様を作ってはお願い事をする。家に神棚はないけどお守りは置く。。。。信心深くない典型的な日本人なのですが、改めて思うとこれは無神論ではなくて多神論者ということかもしれません。

◾️ローマとキリスト教

さて、日本には八百万(やおよろず)の神様がいます。古代ローマにも三百万を超える神様がいました。ギリシア神話を源流に、全能の神ユピテル(ギリシア神話のゼウス)を中心にしたローマの神々は多種多様で人間くさい。さらにローマが争い勝って同化(属州化)した民族・地域の神々をどんどん加えていった公式な神様群はさらに増加していきました。そんなローマ世界で生まれたキリスト教ですが、多神教のローマ人にとっては三百万余りの神様に新たに一つの神がまた加わったに過ぎなかった。一方で一神教であるキリスト教から見ると、存在して良い神様は唯一キリスト教の神様のみだったために、他の300万余りの神様たちを全員否定することになる。神様の教え上、他の神々を認めることができなかったキリスト教は、古代ローマ社会の中では度々折り合いがつかず揉め事が起きていた。当時新興宗教として立場の弱かったキリスト教は、たびたび迫害の対象となっていました。それでもユダヤ教の末路に学んだキリスト教は300年かけてローマ社会に入り込み、313年のコンスタンティヌス1世のミラノ勅令でついに国家公認となり、392年皇帝テオドシウス1世の治世でついに「ローマの国教」となりました。その後キリスト教はローマを支配して、ローマが滅亡した後も大航海時代のようにヨーロッパ人が活動範囲を広げる度にキリスト教も広がっていき、今現在まで続くキリスト教世界を築き上げて行くことになるのでした。

今のヨーロッパ世界にとってキリスト教を公認したコンスタンティヌス1世は大帝、キリスト教を迫害・虐殺の記録が色濃く残っているネロ帝やドミティアヌス帝は悪帝であり暴君として扱われます。皇帝としての責務を何も果たさず好き勝手やってローマ衰退を加速させた史上最悪の皇帝コンモドゥスよりも、最初は良き皇帝として良いこともなしたネロの方が暴君として知られるのはこの辺にも理由があるのかもしれません。

 

◾️地球人の代表

昔、「コンタクト」という映画(ハリウッド)がありました。ジョディ・フォスター主演のSFで、宇宙の彼方の宇宙人の信号をキャッチして宇宙人にコンタクトを図る、というあらすじの壮大な映画。

その中で、宇宙からの暗号を解読すると宇宙人にコンタクトするための、一人だけ乗り込める乗り物の設計図が現れる。舞台であるアメリカは国をあげてその装置を作り上げた後、宇宙人に会いにいく人類代表者を選考する場面へ移っていく。宇宙人からの微弱な信号を発見したジョディ演じる主人公は、数学的な暗号をときあかして超先進的なコンタクト装置の設計図を導き出した立役者で、人類代表に相応しい人物だった。しかし「主人公は無神論者」だったため落選となった。映画の中では審査員からその理由がこう語られた。

「人類のほとんどが信仰を持っているのだから、その代表が無神論者であってはならない」

無神論者である主人公が人類の代表にはなれない、という理由付けだった。映画を見ながら、我に帰って「そういうことになるのか」とちょっとしたカルチャーショックを受けたのを覚えてる。日本人のほとんどは信仰心が薄い。信仰心が薄いというか、ほとんどの人が無神論者のつもりの多神教なのだろうから、この宇宙人とのコンタクト地球代表には日本人が選ばれることはほぼないのだろう、と当時は思っていました。

現在の統計によれば、地球の人口の中で多い順にキリスト教徒がの32%、イスラム教が25%、ヒンドゥー教が15%、仏教が7%、そして無宗教者は16%もいるそうなので、この統計を見ると、今なら客観的に無神論者の方が、むしろ地球を代表とした方が良いと思えますね。

 

◾️僕にとってのキリスト教

僕はキリスト教徒ではないし、よく考えれば無神論者ではなく多神論者。キリスト教徒ではないけれど、おそらく普通の日本の人々より、キリスト教をよく知っている。さらにキリスト教の源となった旧約聖書の世界もよく知っている。なぜかといえば、僕は西洋美術や建築が大好きだから。東ローマ帝国では美しいイコン画が生まれ、レオナルド、ミケランジェロラファエロはじめ天才と呼ばれた芸術家たちがキリスト教新約聖書旧約聖書の物語を題材に、奇跡のような作品を残している。建築界で言えば、教会は「石の聖書」と呼ばれるほどその建物自体がキリスト教をそのもの表している。パリのノートルダムアントワープのカテドラ、ミラノのドゥオモ、フィレンツエのサンタ・マリア・デルフィオーレ、バチカンサン・ピエトロ大聖堂、どれも大きく繊細で美しい建物たちです。そしてバルセロナアントニ・ガウディ新約聖書からあのサグラダファミリアを創造した。

僕にとってのキリスト教徒は、僕が敬愛する人類の至宝と言える作品達が生まれる土壌となっている。キリスト教があったおかげで、名画名作と呼ばれる作品の多くが生まれ、キリスト教会が何百年もかけて建てられたのです。そしてガウディのサグラダファミリアも。。。僕にとってとても豊かな世界が作られた。そういう意味で僕はキリスト教にはとても感謝しているのです。

 

ローマの旅はこの後ヴァチカン市国へと移り、話の中心はローマでのルネサンス、ヴァチカンに集まった才能と作品の話へと続いていきます。

 

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