
小さな崎津の漁村につきました。「隠れキリシタンの集落がある」くらいの予備知識で天草諸島の端っこまで来てしまいました。

「静かな漁村の中に佇む教会」の景色は、なんというのか今まで感じたことのない新鮮な感覚でした。集落の外から、もうこの景色が見えた瞬間から、もういてもたってもいられません。村の外に車を止めて、自分の足で教会を目指します。
でもまず最初に訪ねたのは、崎津諏訪神社。階段を登り、鳥居をくぐり村を臨める山の中腹にある神社にお参り。実はここは最初、崎津のキリスト教会あった場所だとか。その昔、長崎や天草に伝わったキリスト教は、幕府の弾圧によって隠れて信仰をつないでいた。そして表立っての教会は見つかり取り潰されてしまうので、当時のキリシタンたちは教会のあった場所に神社を建て、日本の伝統の信仰「神道」に隠れながらキリスト教の信仰を続けたんだそうです。
だからこの崎津諏訪神社も神社でありながら、キリスト教も守ってきた、そういう場所ということになります。八百万の神がいる日本の神道だからこそできたことかもしれません。多神教と一神教の関係は、多神教の古代ローマでキリスト教が生まれて、弾圧を乗り越え、やがてローマの国教になり世界宗教に変貌していく過程を思い起こさせます。

しっかり願い事をした後に、崎津の村へ、教会へ向かいます。

崎津の教会や集落は長崎や五島列島のキリスト教施設とともに、世界遺産に登録されている、ということをようやく知りました。そういえば、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」っていう世界遺産が2018年に登録されたのを思い出して、この「天草」がここか!と今更ながらに気づきます。
建築様式としては「ゴシック」に分類されるこの教会は、1934年(昭和9年)にフランス人宣教師ハルブ神父により再建、日本人建築家によって建てられました。この教会についてはまた次の機会に。

ヨーロッパの教会と街並みを見慣れている僕にとって、この風景はとても新鮮。この近くにある大江天主堂や数年前に長崎で見た大浦天主堂のように住居域と隔絶された場所にある教会とは違って、とても住民との距離が近い。

集落の端っこ、岬の突端にこの「海上のマリア像」が立っています。こちらは1974年にキリスト教信仰のシンボルとして建てられたとか。この場所は夕暮れ時にはこのマリア像の後ろに陽が沈見ます。ちなみに九州は関東に比べ日の入りが遅いので、残念ながらここでの夕暮れ鑑賞は断念。

とても小さく静かな世界遺産の漁村は、何も知らずに立ち寄ったとしても、とても魅力的な場所に思えたでしょう。でもここが250年前の禁教期を乗り越え今に至ったキリスト教の村落だということを知ると、のどかな景色の裏側にはとてつもない強さが隠されているのだということを思わずにはいられなくなります。