
最初のテルミニ駅
1843年、当時のローマ教皇ピウス9世によって、当時複数あった二つの路線をひとまとめにしたローマの最初の「終着駅(テルミニ)」が作られます。その後、新たに計画された3つの路線と合わせた新しい駅が計画されて、ほぼ現在の場所に「ローマ鉄道中央駅(Stazione Centrale delle Ferrovie Romane)」が完成します。1874年のことです。
この時の駅舎は現在とは違う建物で、時代的にもクラシカルなパリの北駅を思い起こすような駅舎だったようです。
ムッソリーニによる近代化
現在ローマで見られるテルミニ駅の駅舎はモダニズム建築で昔の面影は全くない近代的な駅舎になっています。これは1942年に開催される予定だった万国博覧会に向けて、当時政権を握っていたムッソリーニのファシスト政権が1937年に新たな駅舎を作り直すことを決定、建設を進めたものの第2次世界大戦とファシスト政権の崩壊によって中断となります。第2次世界大戦終了後、1947年にコンペが行われ、そこで選ばれたデザインが現在のテルミニ駅になるのでした。
中央入り口の大空閑はガラスとトラバーチン、コンクリートにより実現され、奥には10階建のホテルが併設。

僕は何度かテルミニ駅に行ってるのだけど、写真が残っておらず。下の写真は僕の父が1986年に会社での視察旅行に行った時の写真です。テルミニ駅の正面からの写真。

こちらも同じく内部の写真。

玄関口としての演出
駅舎に入ると入り口ホールの波打つ天井はとても開放感があって、この天井と大きなガラス窓による空間は、今ここに行っても未来的なイメージを想起させます。
列車でローマに入るとき、列車が速度を落とすと、まず左手に巨大な遺跡、2000年前の古代ローマのセルウィウスの城壁の遺跡が現れます。列車を降りた直後に現れるこのテルミニ駅の超近代的な駅空間、そしてここを出た瞬間、古代ローマの遺跡やルネサンスの街並みといった歴史深いローマの街に遭遇します。ローマを列車で訪れた人は駅に降り立ち街に出るまでに、ものすごいギャップを体感することになるのです。これも永遠の都ローマの玄関口として秀逸な演出となっています。
「まずは小手調べ」とばかりに、まるで畳み掛けるように見せられる「ローマ」の街へのプロローグは、いやがうえにもこれから出かけるローマ街への期待を高めることになるのです。
ローマ到着時の僕はといえば、ガイウス・ケスティウスのピラミッドを見てローマが近いことを感じ、まもなくテルミニ駅に到着することを知ります。列車が速度を落とすとセルヴィウスの城壁が視界に飛び込んでくる。テルミニ駅の近代的な駅舎を抜けて街に出て、ほんのちょっと歩くとディオクレティアヌスの浴場の遺跡が現れる。この時点ですでに、僕はローマの街にノックアウト気味になるのでした。