cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

ローマ小話 ローマ到着の知らせ

昔ローマを訪れた人々は、長い旅路の先に見えるそれぞれのローマを見つけて、ローマについたことを実感したと思います。例えばフラミニア街道で北からローマに入る人は、今はポポロ広場になっているフラミニア門が見えた時にローマに着いたと実感するだろうし、アッピア街道からローマを目指した人はコロッセオが目に入った時にローマ到着を認識して安堵したかもしれない。人によってはカピトリヌスの丘が見えた時かもしれないし、フォロ・ロマーノの凱旋門をくぐった時かもしれない、あるいはローマまであと1マイルのマイルストーンを見た時かもしれない。どこから何をしに来たか、ローマとどんな関わりを持ってきたかによって、ローマ到着を感じるポイントは人それぞれに違っただろうな。でもそれぞれのローマの目印を見つけた時は、長い旅路の緊張が解けて、ホッと安堵する瞬間であったと思います。それはお気楽な貧乏旅行をしていた僕も同じでした。

 

僕にとって「ローマ到着の実感」は何かといえば、「ガイウス・ケスティウスのピラミッドを見た時」。これを見ると「ローマに来た!」ことを実感してホッと一息つくのです。

理由は至極単純。

当時ローマへ空路到着すると大体夜遅くなって、真っ暗な中、フィウミチーノ空港から鉄道でローマ市街に向かうことになります。電車が真っ暗な郊外を抜けて街灯りが見え始めた、と思うと突然ライトアップされた「ガイウス・ケスティウスのピラミッド(Sepulcrum Cestii)」がボーッと夜の闇から現れるんです。

*列車から見た夜のガイウス・ケスティウスのピラミッドの記憶から

ローマ(イタリア)に入国して最初に出会う古代ローマの遺跡。これを見ると、僕は首都ローマに入ったと感じるんです。当然と言えば当然でなんの捻りもなく申し訳ありません。

 

ガイウス・ケイティスのピラミッドは紀元前18-12年頃(アウグストゥスの治世)にローマの護民官や法務官を勤めたガイウス・ケスティスのお墓として建てられたと言います。もちろんエジプトのピラミッドに感銘を受けてのことと思われます。トラバーチンの基礎の上にローマン・コンクリートで作られたピラミッドの形の外側に大理石を貼り付けた作りとなっていて、底辺約30m、高さ約37mのちょっととんがった形から、ギザのピラミッドではなくナイル上流のヌビアのピラミッドを手本にしたと言われている。ガイウス・ケスティウス本人の遺言によって建てられたと言われるのだけど、なぜこの形なのかなど記録は残っていないようです。

その200年後の3世紀、蛮族の侵入が激しくなって作られたアウレリアヌスの城壁の一部に組み込まれ現在まで城壁とセットの姿で残っている。ローマでも少し異質な、またもっとも保存状態の良い遺跡の一つです。

夜にローマ行きの電車の車窓から見えるガイウス・ケスティウスのピラミッドが見えるのはほんの一瞬なのですが、夜の闇の中輝くその姿は、古代ローマの建築そのもの。僕の長い空路と電車を乗り継いだ後に、ローマに到着を教えてくれるに十分な目印であるのです。

またいつか、何度でもローマに行きたいし、行く時はまた、夜、電車でローマに向かって、車窓からガイウス・ケスティウスのピラミッドに迎えられたい。

 

ここを過ぎるともうまもなく、ローマテルミニ駅に到着します。

 

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