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嫉妬と逆転 古代世界最高の図書館と「本」誕生の物語

紀元前後が入れ替わる前後の400年ほどの間の地中海世界で、文化芸術で世界最高を競い合う二つの都市がありました。

ひとつはエジプトのアレクサンドリア

もうひとつはペルガモン

ともにアレクサンダー大王の遠征で生まれたヘレニズム(ギリシア)都市としてアレクサンダー大王の部下たちが大きく発展させた都市であり、アレクサンドリアは当時最大級の港湾都市として、ペルガモンは「小アテネ」と呼ばれる学芸都市として地中海を代表する知の中心となります。

この二つの都市が繰り広げた競争は、人類の知の象徴である「本」の誕生へとつながっていくのでした。

 

◾️アレクサンドリア

アレクサンダー大王が遠征によってギリシアからアジアにまたがる大帝国を作り上げたのが紀元前4世紀。その時アレクサンダー大王はあちこちに自分の名前を冠した都市「アレクサンドリア」作りました。各地にできたアレクサンドリアは現在のエジプトやトルコはじめ中央アジアまで、その数は20以上と言われています。そして一番有名なアレクサンドリアがエジプトのアレクサンドリア。エジプト最後の王朝となったプトレマイオス朝の首都として栄え、古代7不思議の一つ「ファロスの大灯台」によって地中海中の船と知識が集まる海の都で、古代世界最大のアレクサンドリア図書館はこの街の知の象徴でした。

*アレクサンドリアの復元図(AIとの合作)

◾️ペルガモン

ペルガモンもまたアレクサンダー大王の配下のギリシア人が大きく発展させた都市でした。今はベルガマと呼ばれるこの地に「ペルガモン王国」が誕生したのは紀元前262年のこと。ペルガモン王国は当時、最大の勢力を誇っていたエジプトのアレクサンドリアに比肩しうる唯一の王国でした。

当時ペルガモンは小アテネと呼ばれるほど、学問、芸術、文化が発展し経済的にも大きく成長しました。特にペルガモンの医療施設は当時の地中海世界で最も先進的だったといわれ、ペルガモンは医学の象徴のような存在となります。また、ペルガモンは図書館の整備を大々的に進め、最盛期には20万巻の蔵書を誇っていたといいます。

*ペルガモンの街のアクロポリスから眺め(AIとの合作)

◾️アレクサンドリアの嫉妬

競い合うとは言っても都市の格としては圧倒的に上であったはずのアレクサンドリアが、とても「人間」らしい行動に出るのです。

当時70万巻とも言われる蔵書を誇った世界最大の図書館を持ち、すでに地中海一の学芸都市だったアレクサンドリアは、医療の都市として発展を続けるペルガモンを恐れ、いやどちらかというと嫉み、当時書物をつくるための唯一の材料だったエジプト産のパピルスの輸出を禁止したと言われています。

当時の書物は図書館の蔵書数の単位に「巻」とあるように、その形態はいわゆる「巻物」。細長いパピルス紙に文字が書かれ、それをくるくる巻いて保管していました。この巻物の当時唯一の材料であるパピルス紙をペルガモンに渡らないようにしてしまい、ペルガモン図書館の蔵書数が増えないような嫌がらせをアレクサンドリアが仕掛けてきたのでした。こうすることで発展しているペルガモン図書館は書物が作れなくなり、蔵書も増えなくなり、アレクサンドリア図書館の「世界随一」が安泰というわけです。

*パピルス紙による巻物

ペルガモン図書館は日常的に写本など行っていルのでパピルスがないということは、図書館での日常的業務が止まってしまうことを意味しています。ペルガモンの人々にとっては図書館の蔵書数よりも重要なことでした。

ペルガモンの人々はどうしたか。

ペルガモンの人々は輸入できなくなったパピルスの代わりに「羊皮紙」を書物に使える高品位な素材として改良していきました。ペルガモンで進化した羊皮紙はパピルスよりも耐久性に優れ、ここに書かれた記録は遥か後世まで残る書物となって残ります。羊皮紙は丈夫なため裏表に文字を書くことができて、情報量も多い。アレクサンドリアの思惑と反対に、ペルガモンはさらに蔵書を増やしていくのでした。

羊皮紙(perchiment)と言う単語は「ペルガモンの紙(Pergamenum)」が語源だと言われています(諸説あり)。

*ペルガモンで羊皮紙を作っている様子

そして紀元1〜3世紀頃、ローマの時代に羊皮紙はCodex(冊子本)という次の形へと進化します。裏表両面に文字を書くことができて、重ねて保管することができるのが羊皮紙の特徴で、この重ねられた羊皮紙の一片を閉じたものがCodex(冊子本)と呼ばれる新たな書物の形となります。これは現代の本の原型のようなものでした。アレクサンドリアの嫉妬が出版の世界を大きく運命づけたと言えるかもしれません。

当時、都市として優位に立っていたアレクサンドリアが、ペルガモンの力を削ぐためにパピルスの輸出を止めた。このアレクサンドリアの「パピルスの禁輸」は史実なのかどうか、今でも論争が続いているそうです。おそらく禁輸まで行かないまでもそれに近いやり取りがアレクサンドリアとペルガモンの間にはあったのでしょう。禁輸まで行かなかったにせよアレクサンドリアはペルガモンの発展を妨害するためにパピルス輸出に何かしら制限をかけたことが考えられます。でもそれは逆にペルガモンの人々の創意工夫を促し、書物に使用できる高品位な羊皮紙が誕生するきっかけとなった。

この出来事を通じて感じるのは、ルネサンスの政治思想化マキアヴェッリが言っていた、「洋の東西や時代に関わらずそこにいるのが人間であるかぎり、人間のやることは同じである(意訳)」ということ。強者が格下のものに対して、不要な嫌がらせを行うのも、国同士、個人同士でもよく見かける人間の醜態の一つであるし、その逆境に負けず新たな道を切り開いて時には革命を起こしていくことも同じく人間であり、素晴らしい側面であると思うのです。こういうことは日常ほんとによく見かける構図で、規模の大小はあるにせよ、マキアヴェッリの言う通り人間のやることなんて同じであると感じる次第。その人間の所業は、醜態を繰り返すことも、素晴らしい成果を生み出すこともある。これが人間世界であり人間が作る歴史の残念でもあり、面白くも素晴らしくもあるところですね。

 

パピルスの巻物から、羊皮紙の冊子へ。羊皮紙の冊子から現代の本へ。

ペルガモンの丘で生まれた知恵と技術は2000年以上の時空を超えて、遠く日本の地で、僕たちが手にしている「一冊の本」という形で受け継がれているのです。

 

次は、古代地中海世界を代表するもうひとつの図書館、とても美しいセルシウス図書館を擁するエフェソスの街へ向かいます。

 

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