
今年の梅雨は梅雨らしい梅雨なんじゃないかと、勝手に思っています。ここしばらく何年か、雨のない梅雨だったり、ゲリラ豪雨か暑い日のどっちか見たいな梅雨だったり、こんなに梅雨らしい梅雨って久しぶりなんじゃないだろうか、と思っているところです。
日常生活を送っていると、梅雨のこの時期は湿気が多くて服はまとわりつき、洗濯物は乾かない、傘を持ち歩くのは大変だし、強い雨が降られたらその傘すら役に立たずに服はびしょびしょになる。雨の日が多いというのはなんとも憂鬱な気分になりがちです。

僕は実際に雨で嫌な思いもする反面、雨に癒されることも多い。釣りを本格的に始めて10年、それこそ晴れの日も雨の日も、雪の日も雷か台風でも来ない限りほぼ一年中、どんなに疲れていても、前の日にどんなに帰りが遅くなっても必ず週末に釣りに行くのだけど、雨の日の釣りっていうのが意外といいんです。雨の日は弱い雨なら普通にそのまま濡れながら釣りまして、強い雨になったら雨ガッパを着て釣るんだけど、カッパに当たる雨音に癒されたり、大きめの雨粒がカッパを通じて体に当たるのがわかるととっても癒される。

雨にあたっていると、自然の一部になったようなそんな気になるんです。お日様に当たったり、風に吹かれたりするのと同じように、雨に当たることで自分が自然の一部になったような、自然からエネルギーをもらっているような、そんな気分になるんです。それで実際、エネルギーが満たされる。疲れてもなんでも釣りに行くのは、釣りで綺麗な魚と戯れるっていう楽しみはもちろん、自然に溶け込んでエネルギーを回復する、という僕にとって心身回復の重要な手段でもあるわけです。実際疲れが取れるし、やっぱりお日様に当たったり雨にあたったり水音を聞いたり外の空気に触れるというのは体にとても良い作用があるのだろうと思います。

一年中釣りをしていて雨の日に当たるというのは実際には少ないのだけど、雨に当たりながら一年中釣りをしていていると季節によって雨の表情が違うことに気づきます。夏の雨と、冬の雨と、秋の雨と梅雨がそれぞれ違うこと。日本ならではのことかもしれない。夏の夕立はザーザーと、乾燥した冬の雨はさらさらと降り、秋の雨はシトシト降る。それぞれ分析すると科学的にザーザーとかシトシトとかその理由は説明できるだろう。梅雨の雨はといえば、ポタポタというかポチョポチョという感じになる。他の季節の雨は体にあたって、しばらくすると乾いて消える。梅雨の雨は体に雨が当たると体にしばらく、いやずっと雨が居座るようなそんな感じがあるような気がします。これは梅雨のこの時期、空気には湿気が多く水分はなかなか乾かない。空気そのものに水分が多く含まれて、その間をすり抜けて落ちてくる雨つぶは、より膨らみを持って僕の体に落ちてくる。そしてなかなか乾くことなく僕の体に居座るんです。その感触がポタポタ、ポチョポチョに繋がっているのだろう。梅雨らしい今年の梅雨はこのポタポタ、ポチョポチョした雨が降る。そんな雨を感じながら釣りをすると脳も体も再生しているような気分になるのです。

雨の音自体も、水音や風で揺らぐ木々の葉っぱの音と同じような、癒し効果があるようです。映画「となりのトトロ」のトトロも傘に当たる雨音にとても嬉しそうにしてサツキとめいのお父さんの傘を持って行ってしまいました。雨音というのは人間(動物)の五感に響く何かがあるのでしょう。同じく雨音に癒される僕の、この季節のもうひとつの楽しみは、雨の日、夜中に風呂に入って少し窓を開けること。そうすると雨の音がよく聞こえてくるので、その音を聞きながら湯船でくつろぐ。とても贅沢な時間です。
梅雨らしい梅雨は、僕にとってはとてもいいものに思える。僕は「花鳥風月」という言葉がとても好きなのだけど、この季節にはここに「雨」も並べて愛でたくなります。