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旅行の記憶と何気ない日常を

エッフェル塔と技術者エッフェル

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ギュスターブ・エッフェル(Alexandre Gustave Eiffel 1832-1923)。

大学では化学を専攻していたというエッフェル。ヨーロッパの鉄道建設が盛んになった頃に彼は鉄と出会い、鉄橋などの設計、建設を手掛けるようになります。そして橋梁技術者としてキャリアを積み、1866年にエッフェル社を設立。鉄の橋をはじめ、鉄道に限らない広い範囲で鉄の特徴を活かした革新的な仕事をヨーロッパだけでなくアジアまでにも残しました。

 

■意外な仕事

エッフェルの意外な仕事として有名なのはふたつの「自由の女神」。一つはニューヨークに立つ自由の女神、もう一つはそれと対をなすパリの自由の女神

フランスからアメリカに贈られたニューヨークの「自由の女神」は1884年にパリで作られた。エッフェル塔に取り掛かる直前、エッフェルは自由の女神の骨格となる「鉄の骨組み」を手掛けたのでした。同じくその対となりニューヨークの自由の女神と向かい合うようにセーヌに立つ「パリの自由の女神」の鉄の骨組みもエッフェルによるものなのです。

フランスからアメリカへ贈られた自由の女神と、そのお返しにアメリカから贈られたパリの自由の女神(下写真)、その両方にエッフェルの鉄がつまっているということになります。

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フランス革命100周年のモニュメント

1889年に行われることになった第4回万国博覧会。万博の主催者はその3年前に、フランス革命100周年にふさわしいモニュメントとしてセーヌ沿いに建つ大建築の公募を行いました。そして100を超える応募の中から、エッフェル社が提出した高さ300mの鉄の塔のプランが選ばれたのでした。

「独創的」

エッフェルの「鉄の塔」が採用された理由です。

 

しかし採用直後から「石の建物の街のパリに合わない」「大きすぎる」「醜い」など多くの批判を受けます。しかもその批判は文化人、芸術家から多く発せられ、建設反対の陳情書まで出されるという状態。それら批判に対してエッフェルは「パリの栄光と現代科学の集大成となる」という信念を貫き、批判と反対運動に負けることなくこの革命的建造物を完成に導いたのでした。

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■風から生まれた

エッフェルは前例のない高さ300mの塔を設計するにあたって、風の影響を対策するのにかなりの時間を費やしたといい、その苦労は「エッフェル塔のフォルムは風によって創造された」というエッフェルのコメントからも伺い知ることができます。

風に対抗するために塔の4つの支柱はさらに三角柱の構造体で構成するレース状のトラス構造とし強度を確保しました。前に「魚の肋骨か飛行機の翼断面」のような全体を構成する曲線はこれによって風から受ける荷重や塔の重量そのものを地面へ逃すための形となっているのです。

エッフェル曰く「垂直方向の構造体が地面から突然現れ、風に沿って曲線を描いた後に尖頭部でひとつに集まる」

エッフェル塔のフォルムは合理的な構造設計から生まれた形であって、最初から美を目指したものではないのです。但し、完成したその形は、一切の無駄なものが削ぎ落とされた純粋な姿。技術的合理的な設計の結果生まれた。それが実は100年以上存在するパリの象徴、芸術そのものになったわけです。

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エッフェル塔は風以外にも温度変化などによる鉄の膨張収縮や変形に耐えられるように緻密な応力計算に基づいた構造設計がされています。そして1万8千もの鉄のパーツを250万のリベットでつなぎ合わせる工法で実現しました。このたくさんのパーツをリベットで構成する工法は約2年という驚異的な建設期間も実現し、エッフェル塔は設計から建設まで、鉄を知り尽くしたエッフェルならではの新しい鉄の時代を象徴する出来事となったわけです。

 

エッフェル塔の空に向けて黄金比に基づいて展望台が配置されています。風によって作られた尖塔のフォルムに展望台という横方向の構造体。エッフェル塔が美しく安定して見える理由です。

またエッフェルはエッフェル塔に対して極力装飾を省いたと言います。確かにエッフェル塔には構造的な美しさはあっても、華美な装飾はほとんど存在しません。はっきりと装飾と思えるのは下に見える1層目のアーチ部分に施されるアール・ヌーヴォーなモチーフくらい。

全体的なフォルムの美しさに加え、繊細な鉄の梁とリベットの構造体としてのデザイン性がベースにあり、その純粋建築美の部分と、とても控えめなアールヌーボーな装飾部分とが見事に調和している。こういうのがセンスなんでしょうね。僕はここを眺める時、技術者エッフェルの中にフランス人としての芸術的感性を強く感じるのです。

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 ■エッフェルの勝利

 19世期後半の当時のヨーロッパは高層建築競争の最中にあって 、100m代の高さ競争を各国繰り広げていたといいます。そんなところに高さ300mのエッフェル塔がいきなり登場して、建築高さ競争は終止符が打たれたといいます。エッフェル塔に備わった合理的な技術から生まれた構造美は全く新しい芸術による新しい時代の到来と、ただ建物の高さを競うことの虚しさを世界に思い知らせたのかもしれません。

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 そして何より

エッフェル塔の存在しないパリなんてありえない」

パリが、世界中が思った瞬間、エッフェルの批判懐疑との戦いは完結。エッフェルの完全勝利が決まったのでした。

そう僕にとっても、エッフェル塔のないパリなんて想像できない。

 

*前例のないことをやろうとすると、場所や時代関係なく懐疑的な反対意見が蔓延します。その多くが新しい挑戦を避けている人たちの評論です。そういう時、信念をもってことを進めている者にとって、それはただの雑音でしかない。実績が示された瞬間にその雑音はあっという間に何処かへ消えてしまう。技術者はそうやって反対や妨害はどこ吹く風と、新しい時代を切り開いていくのです。それが真の技術者というものなのです。一技術者のつぶやきでした。

 

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