小史
哲人皇帝マルクス・アウレリウスが病死、その息子コンモドゥスが皇帝となってからローマはおかしくなっていく。ローマ帝国が坂道をリンゴが転がり落ちるように衰退していく時代が始まってしまったのでした。そんな中でも時折、その坂の途中で足を踏ん張りり…
皇帝ハドリアヌス(在位117〜138年 CAESAR PVBLIVS AELIVS TRAIANVS HADRIANVS AVGVSTVS) 2000年ほど前の今日(138年7月10日)に皇帝ハドリアヌスが息を引き取りました。 五賢帝三人目の皇帝で、若い頃からギリシア文明に精通した文化人であり、政治、軍事か…
古代ローマは王政から共和政、共和政から帝政へ長い歴史の中で国の政体を変えてきました。紀元前753年の建国から約250年は王政、そのあと約500年は共和政です。 ◾️王政から共和政へ 王政から共和政への変化は、王政の後半にいわゆる「暴君」があらわあれ、そ…
帝政期の歴代皇帝をまとめはじめて、最初は大雑把につくろうと思っていた皇帝リストは、最終的に東ローマ帝国が滅亡する最後の皇帝まで、約1400年分のすべての皇帝170名ほどの名前を連ねることになりました。 在位期間は様々で、アウグストゥスのように44年…
約500年続いた共和国ローマは、カエサルによってローマ帝国へと生まれ変わります。多くの人々が信じた共和政は国家ローマそのものの進化に対応できず、その役割を終えることになりました。 カエサルの死と、後を継いだオクタヴィアヌス(アウグストゥス)の巧…
B.C.78年スッラが死んだあと、スッラが完成させた改革はことごとく崩壊していきます。終身独裁官であったスッラは自らが考えて準備していた改革を導入させたところであっさり終身独裁官の職を降りて政界を引退してしまった。スッラが行った改革は元老院の復…
マリウスとスッラが台頭したこの時期、紀元前100年7月13日に、ローマの未来、そして現代に、特にヨーロッパ世界の運命に大きく関わる人物が誕生します。 ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Iulius Caesar B.C. 100 - B.C.44) カエサルは、たどればローマ建…
グラックス兄弟の改革と不条理な死を経て、ローマは完全に元老院派と一般市民との間に強烈な溝が生まれ、同じローマ市民の間に大きな対立構造が出来上がってしまいます。深刻な問題となっていた農民たちの失業はローマ軍団の弱体化に直結し、それを敏感に感…
ハンニバル戦記とも言われるローマとカルタゴの戦争「ポエニ戦役」は他人の領地に入ってきたカルタゴを「あっちに行け」とローマが加勢したことから始まったのに、振り返ってみれば、130年にもわたるローマとカルタゴの全面戦争、ローマの完全勝利でカルタゴ…
カルタゴは現在のチュニジアに位置するフェニキア人の国。当時ローマ人が経済力ではかなわない、としていた経済大国です。紀元前3世紀、カルタゴはギリシアの衰退によって地中海の通商を広く牛耳ることになり、特に西地中海はカルタゴの独壇場でした。 そし…
紀元前509年にエトルリア出身の王タルクィニウスを追放し共和政への舵を切ったローマでしたが、周辺諸民族との戦いや内紛など、なかなかすんなり安定運行とはなりません。アテネに調査団を送って、「十二表法」を作るも逆効果、貴族と平民の溝は深まるばかり…
第7代、最後の王となったタルクィニウスの暴君っぷりに散々懲りたローマ人は、これ以降独裁政への嫌悪感を民族のDNAにこれ以上ないほど深く刻みこむことになりました。 ローマの王は世襲ではなく選出により決まるので、王政とは言っても絶対王政ではありませ…
Regnum Romanum「王政ローマ」と聞いて、僕は初めてそれを知った時とても「意外」な印象を持ちました。「ローマ」と聞いて一番連想するのが、多分「ローマ帝国」次に「共和制ローマ」。でも建国から約200年、ローマには王様がいたのです。そしてその王政も実…
もしローマの歴史を深く知りたいと思えば、たくさんの本とインターネットの世界がその欲求を十分かなえてくれるでしょう。現代人が書いた本、ルネサンス期のイタリア人が書いた本、そして古代ローマ人が自分の国について書いた本。いろいろな時代のいろいろ…
フィレンツェの歴史を振り返ってみます。 B.C. 5世紀 エトルリア人の集落誕生 ■ローマ都市の時代 B.C.59年 古代ローマ、ユリウス・カエサルにより入植地となる 花の女神フローラの街として「フロレンティア」と名付けられる 4世紀−9世紀 ローマ衰退によって…
トスカーナのこの一帯はどこの街もほぼエトルリア人の集落が起源といえるようです。シエナも同じでやはり最初にこの場所に集落を開き、街に発展させていったのはエトルリア人であることは、どうも間違いない。でも、古代エジプトやギリシア、ローマの人々と…
ピサの歴史を簡単に辿ってみます。 ■なぞのはじまり ピサの街の起源はルッカと同じくエトルリア人と言われていますが、ほかにも諸説あり学術的に立証されていません。古代ローマの時代からすでに「古くから発展した街」として記述され存在していたといい、こ…
6世紀頃 蛮族の侵入 フン族の侵入によって、海へ逃れラグーナの島々に潜んだヴェネト人によってヴェネツィアの歴史が始まる。 697年 共和制が始まる パオルッチョ・アナフェスタが初代総督(ドージェ Doge)に 828年 聖マルコの遺骸買取 ヴェネツィアの商人が…