cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

熊本小話 阿蘇の山へ

平日仕事に忙殺されて心も体もボロボロだったのですが、朝ちょっと目が覚めたら抜けるような青空が見えて、居ても立ってもいられなくなり山へ向かうことにしました。 1時間ほどのドライブで阿蘇山系に到着します。 この一帯は今ススキが真っ盛り。見渡す限り…

東ローマの終焉1 エルサレムとは

東ローマ帝国の運命を決定づけたのは十字軍。その話に行く前に十字軍と最も関わりの深いエルサレムの街について整理しておきたいと思います。 ◾️アブラハム エルサレムとは、キリスト教の聖地であり、ユダヤ教の聖地であり、イスラム教の聖地でもあるという…

小話 空の色と葉っぱの色

まずは朝の空の景色を。 今日はこんな朝焼けでした。 無骨な鉄塔も朝焼けをバックにするとなかなか絵になります。 そして庭のハナミズキの葉っぱです。 庭の落ち葉を掃除していて、綺麗な葉っぱがたくさんあったので、観察してみました。 葉っぱは夏までの緑…

空と雲と 思いもよらぬ富士山

先日の羽田からの空旅。 離陸直前の滑走路。先に離陸した飛行機がものすごい急角度で上昇していきます。滑走路の先が見えるというのはとても気持ち良い。一直線に伸びる空に続く路。見えそうでなかなか見えない景色です。 しかし、この巨大な鉄の塊が空を飛…

東ローマの終焉0 東ローマとは

東ローマの終焉は古代ローマから続くいわゆるローマ世界の終わりを意味します。古代ローマに興味がある人々にとってはその人それぞれの立ち位置によってローマの終わりの日が変わってきます。その中でも西ローマ帝国が滅びた476年と東ローマ帝国が滅びた1453…

小話 変わるもの変わらないもの

秋深まり、世界は変化していきます。 うちの庭のハナミズキ、今年も綺麗に色づきました。 ヤツデとハナミズキ。赤と緑のコントラストが鮮やかです。一年中緑色が変わらないヤツデと秋になると紅葉するハナミズキ。これも種によって1年の移り変わりが違うって…

テオドシウス2世の城壁

Teodus Ⅱ Suru コンスタンティノープルは3方向を海に囲まれます。南をマルマラ海、北東にボスポラス海峡、北西に金角湾と海に囲まれ、元々からして天然の要害の地勢です。そのコンスタンティノープルを難攻不落と言わしめたのは、コンスタンティノープルの…

空と雲と 夜から朝へ

朝、夜明け直前の空です。 明るくなった地平線とまだ夜の星空が混ざる不思議な空です。 明けの明星が空の低い場所に。 朝のやさしい陽の光が雲と空をやさしい色に染めています。 夜から朝への変化は、燃えるような夕方から夜への変化とは対照的。とても優し…

ヒポドゥローム

ここがまだ「ビザンチウム」と呼ばれていた頃、230年にローマ皇帝セプティミウス・ウェルスがこの場所にローマ戦車競技場を作りました。ギリシア語で「ヒッポドローム (hippodrome)」と呼ばれ、四頭立て馬車による戦車競技(いわゆる競馬)、剣闘試合のほか、…

熊本小話 (空と雲と)秋色景色

熊本のこの辺は田植えが遅く、収穫も遅い。今頃この辺りの田んぼは黄金色に色づいて収穫に備えます。 通りがかりにコスモス畑を発見。秋といえばコスモスですから。 空はすっかり澄んで、夜は肉眼でもたくさんの星を見ることができるのです。今までも何度もi…

コンスタンティヌスの柱

鉄の拘束具をつけられたような大きな円柱があります。僕は最初、これがコンスタンティノープルを攻略した後のオスマントルコが、東ローマを手中におさめたことを示すために行なったデモンストレーションなんだろうか、と思っていました。でも実際にはこの円…

小話 徒然

徒然なるまま ここは新宿。 ごちゃごちゃな看板ビル群の向こうにスタイリッシュな高層ビル。 折り重なるビル、ビル、ビル。。。これも新宿。 ここは浦和 地元の料亭。昔の政治家の邸宅を使っている。趣きある建物に癒される。 能の人形。魂こもってる。 こち…

地下宮殿

Yerebatan Sarnıcı アヤソフィアとは道挟んだ向かい側の小さな入り口があります。ここから地下に降りていくと、かつてのコンスタンティノープルの地下貯水槽があります。コンスタンティノープルには60ヶ所に地下の貯水槽があるといいます。過去幾度かのコン…

小話 新宿のゴッホ再会

「SNSでの拡散を期待して館内撮影を許可する美術館が増えた」とニュースで知りました。ふと思い返せば、僕がヨーロッパによく出かけていた頃から大英博物館もルーブルもオルセーも名だたるほとんどの美術館で、作品に悪影響を与えない限り(フラッシュとか)撮…

アヤソフィア5 モスクとして

オスマントルコによって、いやスルタン・マホメット2世によって、コンスタンティノープルは陥落して、アヤソフィアはイスラム教のモスクに改装されます。 そして「奇跡の建築」と言われたその姿は、その後のイスラム教のモスク建築の基となりました。アヤソ…

小話 ノイシュバンシュタイン世界遺産

今年2025年7月15日、ノイシュバンシュタイン城はじめ、南ドイツはバイエルン州の4つの建物が世界遺産に登録されました。 ノイシュヴァンシュタイン城、リンダーホーフ城、ヘレンキームゼー城、シャッヘン山荘の世界遺産に登録された4つの建物はいずれも19世…

アヤソフィア4 キリスト教会として

教会として誕生したアヤソフィア。 オスマントルコによってコンスタンティノープルが陥落した後、イスラム教のモスクに改装されたため、元々「キリスト教会」だったということ自体に違和感を感じてしまいます。 アヤソフィアがモスクとなってから約400年、現…

アヤソフィア3 内部

アヤソフィア建設にあたっては、世界中から優れた職人と親方を10000人も集め、ロードス島からは超軽量レンガ、内部装飾のための珍しい色大理石などの石材は地中海世界のあちこちの産地からコンスタンティノープルに運ばれました。さらには内部に使用された円…

アヤソフィア2 構造

アヤソフィアは東方正教会の聖堂として誕生したので、平面プランも縦横が同じ長さのギリシア十字の形をしています。カトリック教会のいわゆるラテン十字(一方が長い)とは違い、正方形の建物の外形に、中央のドームを中心にギリシア十字の形に、身廊、側廊が…

空と雲と 朝虹

先日、早朝に釣りに行く途中、朝の虹に出会いました。 最初まだそれが虹だとはわかりませんでした。最初は薄暗い時に縦に聳え立つ光の柱でした。まだまだ地上には光が届かない時間帯に雲が赤く染まる朝焼けの時間が近づくとそれが虹であるがようやくわかりま…

アヤソフィア 1 外観

アヤソフィアはキリスト教会でした。なので完成当時は今のようなような4本のミフラーブはなく、ドームの頂きにはキリスト教会である証の「十字架」が立っていました。 ブルーモスク側の門越しにミフラーブを隠すように見ると、完成当時のアヤソフィアの姿が…

熊本小話 朝の景色

靄がかかった夜明け直前。山の向こうに朝日が隠れています。もう少しで朝日が顔を出しますね。 靄が漂う山間に、日の光が徐々に溢れていきます。 低い位置からの日差しは靄の世界を黄色く、オレンジ色に染めていきます。 山間の田んぼはまるで子供のパズルの…

アヤソフィア0 生い立ち

アヤソフィア / Ayasofya 「アヤソフィア(トルコ語)」は東ローマ帝国の時代に建設され、もともとはギリシア語で「ハギア・ソフィア(聖なる叡知)」と呼ばれていました。その名前の通り、当時の建築技術の叡智を集めて建設されたビザンチン建築の最高傑作とさ…

熊本小話 通潤橋の放水

近くを通りがかったので、通潤橋によってみました。するといつもは閑散としている駐車場は満車に近く、たくさんの人が通潤橋をみに来ていました。 実はこの時、今これから放水が始まる、そういうタイミングだったのです。 通潤橋へ続く道、大勢の人が放水を…

イスタンブル 小史

◆イスタンブルとトルコの歴史ダイジェスト◆ <有史以前> 紀元前7千〜5千年(新石器時代) :アジア側に集落が作られた。 紀元前6千〜5千年(青銅器時代) :ヨーロッパ側のトプカプ宮殿付近に居住地が作られる。 という具合に、この土地の優れた地勢は古くから…

イスタンブル 目次

アジアとヨーロッパにはさまれるボスポラス海峡は、北は黒海に、南はマルマラ海に接し、海はそのままエーゲ海へ抜ける。海から陸から物が集まる通商に適した場所がここイスタンブル。 ヨーロッパとアジアのふれる場所。文明の十字路。「エキゾチック」という…

トルコ 目次

東西の文明が出会う場所。 西はエーゲ海、北は黒海、南は地中海に面し、ヨーロッパ大陸、アジア大陸につながる。そういう土地を求めて古くからたくさんの国が争った結果、トルコの歴史には多くの異なる文明、民族が名前を連ねています。 そんな背景事情から…

愛すべき仕事人 Kbのパン屋

以前、パン屋になったKbの話を紹介しました。 Kbは様々な苦難を乗り越え、ついに開業したのです。本当にパン職人になったんだ。感動です。 でも実は、ついに開業したのが3月?でもなかなか行く事できず、悶々としていました。ついにパン屋になったKbに会いに…

小話 行ってきます

「行ってきます」「行ってくるね」「行ってくるよ」子供の頃から何気なく使っていた出かけるときに使うこの言葉。うちの子達もこう言って出かけていきます。 「行ってらっしゃい」こちらも何気なく使っていた「行ってくるね」に返すこの言葉。 それぞれ当た…

80年後の終戦記念日

昨年から仕事で熊本に行く機会がとても増えた。熊本に滞在中は菊池市泗水町というところにいるのだけど、実はここは第二次世界大戦と深い関係がある場所だということを知りました。 今年は昭和100年、戦後80年の年。僕がこの年にこの場所にいるというのは何…