cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

ヴェネツィア17 島々〜サン・ミケーレ

f:id:fukarinka:20210626115220j:plainサン・ミケーレ島 (San Michele)

レンガ造りの高い壁と糸杉の並木が立ち並ぶ、水際が特徴的なヴェネツィアの墓地の島です。

フランス占領下の1807年に、衛生面の問題から埋葬地をヴェネツィア本島や主要な島々から別の場所に置くことが決まります。そして歴史的に修道院や刑務所として存在してきたサン・ミケーレ島が墓地の島として選ばれました。

f:id:fukarinka:20210703224822j:plain

サン・ミケーレ島ヴェネツィア本島とムラーノ島の中間地点にあり、ヴェネツィアにあっては珍しく四角く造成された島です。

 

f:id:fukarinka:20210703224902j:plain

ムラーノ島に面した隅に教会があります。

このサン・ミケーレ・イニーゾラ教会(Chiesa di San Michele in Isola)は1469年に建設されたヴェネツィアで最初のルネサンス教会。

この教会の前の小さな広場がヴァポレットの停留所になっています。この場所以外は高い塀に囲まれていることもあって、ヴェネツィアの他の島とはずいぶん雰囲気が違います。

広場はとても静かでひっそりした雰囲気。観光客も含めて、ここが「墓地の島」であることは知られているからか、サンミケーレに到着時はヴァポレットの中も心なしかとても静かになるのです。

f:id:fukarinka:20210703224635j:plain

ヴェネツィアの人が亡くなると、ゴンドラに乗せられて、ここサンミケーレに運ばれるのだそうです。もしヴァポレットに乗ってサンミケーレ方面に向かうとき、花束を持っている人がいたら、ほぼこのサンミケーレにいく人なのだと言います。

 

僕はヴァポレットの停留所で何か神妙な気持ちになり、停留所を出発してこの塀に沿って進むとき、とても美しいレンガの壁と糸杉の景色なのに、何かとても物悲しい気持ちになりました。

 

cmn.hatenablog.com

cmn.hatenablog.com

 

 

 

ヴェネツィア小話 ムラーノ島ガラス工房

f:id:fukarinka:20210717192410j:plainムラーノ島でふと立ち寄ったガラス工房兼ヴェネツィアン・ガラス屋。

 ここではお客を前にルームライトの傘や、イルカの置物をジャンジャン作っていました。そのふいご捌き、細工の素早さは、それはもう見事でした。どこの世界も職人はすごいです。

f:id:fukarinka:20210703224207j:plain

坩堝でどろどろにしたガラスを吹子の先に巻き付けぷーっと息を吹き、ガラスのタネを膨らまして、少しずついじくっては炉に入れてを繰り返し、段々と形を作り上げていきます。職人の手仕事はまるで魔法のようです。

f:id:fukarinka:20210703224406j:plain

 

坩堝の中は1000度以上の高温。

f:id:fukarinka:20210703224221j:plain

 

ガラスのイルカはお土産用として、お手軽な値段で購入できるお土産の定番です。たくさん売れるだけあって制作も比較的簡単。

f:id:fukarinka:20210703224258j:plain

溶けたガラスを専用ペンチで引っ張って、重力で体をしならせて、ひょいひょいとあっという間に出来上がります。簡単とはいえその職人技をもって成せること。

f:id:fukarinka:20210725192345j:plain

僕が見ていた短い間に何匹ものヴェネツィアン・ガラスのしかも「Murano」ブランドのイルカさんが出来上がっていくのです。電灯の傘もすごいけどイルカはイルカでシンプルでわかりやすく見てて、これまた楽しい。

f:id:fukarinka:20210725192409j:plain

もう一つ、ヴェネツィアン・ガラスの工芸品。

これもいろいろな柄とカラフルなものがたくさんあって、とても楽しい。

f:id:fukarinka:20210731132822j:plain

 太陽の光を透かしてみるとまた違った表情をみせてくれるのです。

f:id:fukarinka:20210731132829j:plain

古代ローマですでにガラス工芸は発展していました。ヴェネツィアがガラス工芸を取り入れたのは7世紀とも8世紀とも言われるのだけど、本当のところははっきりしていないそうです。

その後、最先端の技術と職人をヴェネツィアに招き入れ、ヴェネツィアングラスは大きく発展します。ムラーノ島で職人たちは腕を磨き、地中海世界全体へ広がる貴重な工芸品へと進化していったわけです。

僕がここで見た職人の技は観光客向けで、真の職人技は島の奥深く、門外不出の技術として守られてきたのでしょう。

いつかまたムラーノを訪れたら、職人本気の作品を一つでいいから購入させていただきたい。。。

cmn.hatenablog.com
cmn.hatenablog.com

 

ヴェネツィア14 島々〜ムラーノ

f:id:fukarinka:20210725152432j:plainムラーノ島 (Murano)

おなじみのヴァポレットでヴェネツィアン・ガラス(グラス?)の島に向かいます。

ヴェネツィア本島でたびたび起こるガラス工房を火元とする火災。これの予防とヴェネツィア伝統工芸の保護と技術流出を防ぐために、1292年にすべてのガラス工房とガラス職人はここムラーノ島に集められました。それ以来ここはヴェネツィアン・ガラスの島となりました。

*どこぞのホテルの味のある船がすれ違い。

f:id:fukarinka:20210703223528j:plain

ムラーノに到着。

サンティ・マリア・エ・ドナート教会(Basilica dei Santi Maria e Donato)があるこのあたりにはヴェネツィアン・ガラス博物館もあります。

f:id:fukarinka:20210703223825j:plain

運河脇にはガラス細工の店がずらりと並びます。立ち並ぶ建物はヴェネツィア本島のそれとちょっと趣が異なります。なんというか素朴さを感じるのです。

f:id:fukarinka:20210703223900j:plain

 

小さな運河(Canallet)とムラーノの路地。

f:id:fukarinka:20210703224014j:plain

 

水際の猫

f:id:fukarinka:20210703224002j:plain

素朴な街並みが広がるムラーノ島

次はふらっと立ち寄ったガラス工房兼ヴェネツィアン・ガラス屋の話を。

 

cmn.hatenablog.com
cmn.hatenablog.com

 

ヴェネツィア 13 海の足〜トラゲット

f:id:fukarinka:20210710012513j:plainヴェネツィアは海の都で主要な交通手段は船。運河や海には大小数えきれないほどの船が行き交います。そんな街の旅の友(移動手段)も、地下鉄でもバスでもトラムでもタクシーでも自転車でもない、船なのです。

 

トラゲット(Traghetto)

大運河(Canal grande)にかかる橋は3つだけ。なので所々で橋の代わりをするのが乗合渡しゴンドラ「トラゲット」。当時800リラで向こう岸まで連れて行ってくれました。

f:id:fukarinka:20210703233119j:plain

 

ゴンドラのようなフォルムだけど、ゴンドラより大きめで太めの船体で、漕ぎ手は前後に二人。

f:id:fukarinka:20210703233144j:plain

カナルグランデを行くほかの船やゴンドラに気を遣いながら、タイミングを見計らって行ったり来たり。その姿はなかなかおもしろい。

f:id:fukarinka:20210626020824j:plain

 

 トラゲットの漕ぎ手のおじさん。この人も海の男。凛々しいですね。

f:id:fukarinka:20210703233155j:plain

トラゲットは地味ながら、そのスタイルといい存在感といいヴェネツィアには欠かせない海の足。その漕ぎ手のおじさんから、一番ヴェネツィア共和国時代の海の男を感じ取れました。

 

cmn.hatenablog.com

cmn.hatenablog.com

 

ヴェネツィア12 海の足〜ゴンドラ

f:id:fukarinka:20210717192410j:plainヴェネツィアは海の都で主要な交通手段は船。運河や海には大小数えきれないほどの船が行き交います。そんな街の旅の友(移動手段)も、地下鉄でもバスでもトラムでもタクシーでも自転車でもない、船なのです。

 

ゴンドラ(Gondola)

古くからヴェネツィア人の重要な足として活躍してきたゴンドラ。記録に登場するのは11世紀ころ。900年以上の歴史の中で進化を遂げて、ゴンドラはヴェネツィアの潟を、狭い運河をいくためにとても合理的なフォルムになりました。ヴェネツィア共和国の最盛期には1万ものゴンドラが活躍していたそうですが、今では数百のゴンドラが観光客のために行き交うのみ。

f:id:fukarinka:20210703233010j:plain

ゴンドラデザイン史

ゴンドラは最初、ガレー船(櫂がいくつもあるような古代船)のように十二人の漕ぎ手を乗せたごつい形をしていたそうですが、その後ヴェネツィアという環境に合うように細長く、船底は浅く平らにそしてエレガントに変化していきました。15世紀にはほぼ現在に近くなってきたのだけど、まだ舳先の櫛飾りはまだありません。16世紀ヴェネツィア共和国の最盛期になると貴族が豪華さを競います。船体を好みの色に塗り、ビロードやペルシャ絨毯で覆い、贅沢な船室をつけ、とやりたい放題。中には黄金に塗りたてられたものまで登場。。無秩序な状態でした。貴族の節度のない豪華競争に業を煮やしたヴェネツィア政府は「贅沢取締委員会」を発足して「ゴンドラは黒」としました。ただ海の男でもある貴族、船乗りたちは頑固でなかなか従わなかった。またヴェネツィアにいた外国人は治外法権だとして従わず。委員会発足後も全てのゴンドラが黒くなるまでには相当の時間を要したといいます。

f:id:fukarinka:20210703233319j:plain

その後、トルコとの長い争いとで経済も衰退していくと、更に贅沢は敵となり、黒い船体に加えゴンドラに使用するのは「黒いラシャ」のみと定められデザインは質素に統一されていきます。そして18世紀、船体はピアノのような光沢のある黒になり、船のフォルムも細くしなやかになり、結果的に現在のような全く無駄のない美しい姿が完成したのでした。

ヴェネツィア共和国政府の倹約の精神がゴンドラの姿を磨き上げたということになります。

 

ゴンドリエレ(Gondolier)

ゴンドリエレ(ゴンドラこぎ)たちの技も見事でどんな狭い運河でもすいすい進んでいきます。ゴンドリエレになるには難しい実技及び筆記試験をパスしなければならないのですが、それ以前にヴェネツィア人でないと、さらにゴンドリエレの家系でないと試験を受けることすらできないとか。。

f:id:fukarinka:20210703233355j:plain

 

ゴンドラ工房

ゴンドラはよく見ると左右対象の形ではありません。ゴンドリエレが操舵する左側が若干広く、その状態でバランスが取れるように設計されています。研ぎ澄まされたようなフォルムのゴンドラにはほとんど装飾らしいものはないのですが、舳先の櫛飾りと船尾のほんのちょっとだけ飾りが、控えめについています。その控えめさが余計にゴンドラの容姿を引き締めています。

f:id:fukarinka:20210703232440j:plain

ヴァポレットでヴェネツィア徘徊中に偶然、ゴンドラ工房を発見。中では職人が一人でゴンドラを制作していました。あとでまた来ようと思っていたのですが、2度と戻れませんでした。

 

ヴェネツィアの風景としても欠かせないゴンドラは、長い時間をかけてその姿を研ぎ澄ましてきました。でも、僕がヴェネツィアを訪れた時のゴンドラはすっかり観光化してしまい、ヴェネツィアのゴンドラではなく観光客のゴンドラとなってしまったようで、目の前をいくゴンドラから聞こえてくる歌声は、結構アメリカ音楽だったりするのです。。。ゴンドリエレのみなさん、どうかヴェネツィアのゴンドラを守ってください。。。

 

cmn.hatenablog.com

cmn.hatenablog.com

 

ヴェネツィア11 海の足〜ヴァポレット

f:id:fukarinka:20210722163406j:plainヴェネツィアは海の都で主要な交通手段は船。運河や海には大小数えきれないほどの船が行き交います。そんな街の旅の友(移動手段)も、地下鉄でもバスでもトラムでもタクシーでも自転車でもない、船なのです。

 

ヴェネツィアの足の筆頭といえば、ゴンドラを思い浮かべる人がほとんどだと思います。でも僕にとってヴェネツィアの足といえば、滞在中何度も搭乗し、このヴェネツィアの記述でもすでに何度も登場した庶民の足「ヴァポレット(水上バス)」なのです。

ヴァポレット(Vaporetto)

ヴェネツィアにあってパリの地下鉄やロンドンのダブルデッカーのような存在です。そもそも日常の足がこんな船だなんていうのがそもそもウソのよう。

1881年から運行しているヴァポレット。最初は蒸気船だったそうです。その後ディーゼル船になり今にいたりますが、この先環境問題に対してどんなふうに変化していくのでしょう?

f:id:fukarinka:20210703232600j:plain

ヴェネツィア中どこへ行くにも便利で僕はとことん利用しました。

ヴァポレットの停留所は浮島のようになっています。陸から少しはなしたところに浮島を作ってそこが待合室になっている。

f:id:fukarinka:20210626020901j:plain

 乗船口には自動ドアはなく、無機質な銀色の棒があるだけ。停留所に着くと、車掌(船掌)のにいさんが桟橋にロープをひょいと巻き付けながら停留所の名前をブツブツつぶやくように言いながら銀の棒をスライドさせて搭乗口を開き、乗客をサバサバと捌いていく。検札もめったになく船内放送もない。とても質素なこのシステムもとても心地よい。

ヴェネツィアの日常に溶けこんで存在していて、このヴァポレットの船掌さんはたぶんヴェネツィアの子供たちが最初に意識する職業=子供に人気の職業なのではないだろうか。

 

cmn.hatenablog.com

cmn.hatenablog.com

 

ヴェネツィア 10 風景〜サン・ジョルジオにて

f:id:fukarinka:20210717192410j:plainギャラリー:サン・ジョルジオ・マッジョーレ

 

 

 サン・マルコ広場の対岸から。

 青空の下、海も空も建物も実に色鮮やかです。

f:id:fukarinka:20210717154844j:plain

 曇り空、日が傾き夕方に差し掛かるころ。ほんのりピンクかオレンジのもやがかかったみたいに色づきます。ずいぶん印象が変わります。

f:id:fukarinka:20210717154857j:plain

 

朝、夜明け。徐々に日が登り朝焼けがサン・マルコ広場の建物を染めていきます。

f:id:fukarinka:20210717154910j:plain

やがて朝日の光が届き始めると建物たちは、はじめピンクに、やがてオレンジ、黄色と色を変えていきます。そしてどんどんヴェネツィアは光にあふれていくのでした。

 

f:id:fukarinka:20210703230606j:plain

 

 

 大運河 (Canal Grande)に朝日が入り始めました。

f:id:fukarinka:20210703230539j:plain

 窓がキラキラと朝日を反射してとても綺麗です。

 

いつものこの場所は誰も人がいない。この景色を独り占め。なんと贅沢な朝でしょう。。。

f:id:fukarinka:20210703230631j:plain

 

サンマルコ広場も海もとても静かだ。

f:id:fukarinka:20210626020439j:plain

 サン・ジョルジオ・マッジョーレ島は僕にとってヴェネツィア劇場最高の特等席。

 

cmn.hatenablog.com

cmn.hatenablog.com