cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

アルルの小話 〜タイムスリップ

f:id:fukarinka:20200414182043j:plain僕にはアルルの街での忘れられない思い出がある。 

アルルの街の片隅にひっそり佇んでいる古代劇場の遺跡でのこと。

古代劇場はギリシア時代からある、半円形の舞台と扇型の観客席を持つ、主に演劇が上演される劇場で、アルルに限らず古代ローマの都市なら必ずと言っていいほど作られる公共インフラの一つ。アルルの古代劇場は紀元前27年頃作られたというから、円形闘技場より先にアルルにあった。しかし5世紀には採石場とされてしまい、9世紀には要塞に作り変えられ、その後埋没というからほとんどが破壊されるという悲しい運命を辿った。この劇場に限らず古代の遺跡は大体このパターンだ。アルルの劇場には今観客席があるが、近代に復元されたものだ。

かつては演劇に一喜一憂する大観衆とその空気を包み込んだ劇場だったけど、今では崩れて散らばる大理石の瓦礫とその傍らの草花が、往時から随分長い時間が経ってしまっていることを教えてくれる。

 

そしてそこには2本だけ円柱が残されてる。

f:id:fukarinka:20190313014831j:plain

古代劇場の円柱

このコリント様式の円柱は2000年前からここに存在する。見るからに古いと言う遺跡や円柱はたくさんあるがこのコリントの柱は少し違った。ギリシア・ローマ円柱の多くは縦に筋や溝の装飾があるものが多い。アルルのこの柱は表面に溝のない大理石の生地模様をそのまま活かしているタイプ。その表面は流れるような大理石の模様が美しく、表面のつやつやしている様子はまるで昨日建てられたように新しくも見えた。一見2000年前に作られたとは思えないこの円柱を起点に、まるで劇場全体の完成当時の姿が蘇ってきて、2000年前の劇場を歩いているような、タイムスリップしているような錯覚を覚えながら、この古代劇場を歩いた(妄想)。

そして吸い込まれるように少しずつこの円柱に歩み寄っていき、手を伸ばし、その円柱にそっと触れてみた。その瞬間、夢心地でローマの街を彷徨っていた僕の頭は、一気に現代に引き戻された。

そのとき指先から伝わってきたのは真新しい大理石の「つやつや」した感触ではなく、長い年月を経て風化が進んだ大理石の「ザラザラ」した感じだった。見た目の美しさとは裏腹に、その表面は2000年という時間が間違いなく流れていた。

 

あのとき僕はアルルの円形劇場の廃墟で完成当時の姿を、頭の中で完璧に復元していた。そして美しい大理石の円柱に手を触れた瞬間、現代に引き戻されてしまった。夢心地から引き戻された僕は、その時なんだかとても物悲しい気持ちになってしまったのを鮮明に覚えている。色々なことが頭をよぎって物悲しくなった。

国や街の栄枯盛衰、美術・芸術はお金があって平和な時にしか大切にされないこと、人の一生なんて歴史の中では瞬く間の出来事、その瞬く間に大きな足跡を残す者、残さない者、その違い。これらが僕の頭の中を風のようによぎった物悲しさの中身だった。

 

古代遺跡は奥深い。文化文明の廃墟というのは崩れた姿をただ見るだけでも風情を感じることができる。その背景を知っている人知らない人、人それぞれ違う思いが遺跡を見ると湧き上がってくる。

そして実際に触れることによって、過ぎた時間大きさと一緒にその時の空気感や人々の息づかいが伝わってくるようなそんな気持ちにすらなる。そんなことが伝わってくるともっと深く知りたくなる。勉強して深く知るとまた行きたくなる。

僕の旅行と言うのはそんなことの繰り返し。

 

cmn.hatenablog.com

cmn.hatenablog.com

cmn.hatenablog.com