cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

食事小話 救世主マクドナルド

ヨーロッパを歩き回っていた頃、僕の基本は一人旅でした。

何の気兼ねもなく好きなところで好きなだけ過ごす。いろいろな場所に行って、街並みや遺跡、建築や美術を堪能することが一人旅の最優先事項。食事に関しては、どちらかというと、いや、圧倒的に「後回し」の対象となっていた。あんな食異文化の豊かな場所に行っておきながら、食にお金も時間も使わなかったなんて、何と勿体無いことをしたものだと、今振り返ると思うのだけど、当時は何の躊躇もありませんでした。

なので、このブログcafe mare nostrumの中で、食事を扱った記事はほんのわずか、片手で余る程度です。

実際どうしていたかというと、大抵の場合、朝は安ホテルの朝食の定番「パンとコーヒー」、または朝抜き。昼は地元スーパーで何か簡単な食材を仕入れる、または昼抜き。夜は安い定食屋、またはスーパーか屋台で果物。という感じでした。行った先の国の事情により多少変化はするのだけど、基本は食事のお金と時間は最小限。でも、できる限り地元の食堂やスーパーや屋台で食べる、その土地ならではの安いものを食べるように心がけていました。

できる限り、と書いたのはその限りではない場合ももちろんあるわけで、その時の体の疲れ具合とか、気の張り方によってはどうしてもそれができない時もあります。僕の一人旅は早朝からひたすら歩いてあちこちを回るので、1日経つとかなりエネルギーを消費することになります。なので日によっては夜には足が棒のようになって、精魂尽き果てた状態になることがあるのです。そんな時、知らない土地で安くて美味しそうな食堂を探す体力、知らない言葉で書かれたメニューと格闘する気力がないとき、そんな時は食事を抜くか、最後の手段を使います。

最後の手段、それは。。。マクドナルド。

フランスでパリの街を散々歩いた後にルーアンに移動して夜遅く到着した日、店が軒並み閉まってる真っ暗な街に希望の光のように見えたマックの看板に吸い込まれました。早朝から南フランスを歩き回った後ヘトヘトになって辿り着いたニースの駅で入ったマックは、はち切れそうな笑顔で英語で店員さんが対応してくれた。物価の高いスイスで手軽に食べられる場所が見つからず、最後の砦となってくれたのもマックでした。でも、スイスのマックは当時の日本のマックと比べて3倍くらいの値段だったに驚かされました。イタリアのミラノでは地下鉄のサインがちょうど赤字に黄色い「M」なので、疲労&空腹の時に、何度もマックの看板だと錯覚しました。

*ミラノのドゥオモ前の地下鉄のサイン

マクドナルドのすごいところは、メニューの字が読めなくても食べたいものを選べるし、「あれはああいう味だ」ということがわかる安心感。国によってご当地メニューや多少の味付けの変化はあるものの、基本的なラインナップは同じ。ビッグマックハンバーガー、チーズバーガー、ポテト。。。。僕はどうしようもなく疲れて気力もゼロというときに、マクドナルドさまにお世話になってきました。ヘロヘロな状態であの赤地に黄色い山二つの「M」の字の看板を見つけた時の安堵感ったらありません。フラフラになりながら、マクドナルドに入り、言葉は適当に、でも適確なオーダーを行い、ハンバーガーとポテトとコーラを「いつもの味だ」と噛み締めて食べていると、とてつもない安心感を感じます。

でも、空腹を満たす食事にありつき、明日への活力を取り戻している時に、僕の心には大きく二つの文字が浮かんでいるのです。

それは「敗北」。

豪華な食事ではなく、必ずしも地元の名産品でもないけど、旅先で地元のお店で地元のものを食べるというのが何となく僕の一人旅のルールになっていて、それをできなかったことが「敗北感」として頭に充満するわけです。今思えばおかしなこだわりですが、当時は大真面目に「負けた」と凹んでました。救世主マクドナルドへの感謝と共に己への敗北感を感じながら過ごしていたのです。今でもマクドナルドに入ると、いつも当時のほろ苦い記憶が蘇ります。

 

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