cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

ホーエンシュバンガウ小話3〜 遭難です

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トレッキング外伝

 

この年、秋に訪ねたホーエンシュバンガウは天気が悪かった。

この辺り一帯に低い雲が立ち込めて、ノイシュバンシュタインに雲がかぶさるほど。

 

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紅葉に色づきはじめた木の向こうに見えるノイシュバンシュタイン城も塔のてっぺんは見えない。その向こうにあるはずの山々も見えない。

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こんな状態だったので、とても天気のよかった前回たくさんの人で賑わっていたテーゲルベルクのロープウェイ乗り場は、打って変わってとてもすいている。というか僕以外の客がいない。

 

動き出したロープウェイは徐々に高度を増し、右手に見えるノイシュバンシュタインも目の高さになると次の瞬間、辺りは真っ白雲の中。

そして間もなく雲をつき抜けた。すると、そこには眩いばかりの太陽と雲一つない青空が広がっていました。

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足下には真っ白な雲海が遙か遠くまで広がっていました。ここは雲がなければ、シュバンガウの平原が湖の遥か向こうまで見渡せる場所なのだけど、今回は全く見えません。

冷たい空気の向こうに連なる山々の姿がとても気持ちよい。

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 こんなアルプスに続く山々を見ながら、地上にいたときは全く予想もしていなかった快適なトレッキングのスタートでした。

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テーゲルベルクは毎回違った表情を僕に見せてくれる。初めてきた時は、歩きはじめは風がつよく、横殴りの雨の中の森を行きました。それはまるでコッポラ監督の映画「ドラキュラ」に出てくるドラキュラの住むボルゴ峠のような不気味さでした。2度目は雲一つない快晴。シュウバンガウの平原も遙か遠くまで見渡せた。そして今回、雲海と青空、といった具合に。

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空がとても澄んでいて、太陽がとてもまぶしい中、いつもの青いコースを歩き始める。いつものコースは初心者でも楽勝のホーエンシュバンガウ側をひたすら下りノイシュバンシュタインまで続くコース。木々や岩にある青マル印をたどれば道に迷うことはない。はずでした。

 

歩きはじめてまもなく、雲が近づき(正確には僕が雲の中に降りていった)あたりは徐々にに霧にまかれる。木々の隙間を太陽の光が差し込む様子は、それは神々しい眺めでした。

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しかしだんだんと山を下りていくと霧もこくなり、やがてあたりは薄暗くなってきました。あたりがちょっと寂しくなってきて、さっきまでの極楽ハイキング気分は遠のき、先を急ぐため僕は自然と早足になっていた。

 

ぬかるんだ山道を何度も転びそうになりながら進んでいくと、やがて前方から数人のグループが悲壮感漂わせながらものすごいスピードでやってきた。すれ違いざま一人が僕に「この道間違ってるぞ」と告げてくれた。無言で黙々と、しかも軍隊みたいな雨合羽を着込んだ彼らはハイキングとかいうより行軍。「この道は間違っているぞ」って僕はここを通るのは3回目で道も単純だし、目印あるから間違えようがない、と思い先へ進んでいった。しかしこの後彼らが正しかったことに気づくことになる。

 

先へ進むと、そのうち倒木が道をふさぐようになってきた。それでも、この2年で倒れた木もあるだろうと、気にせず進む。しかし、何本目かの倒木をよく見るとずいぶん昔に倒れたようなのが出てきて、さらにだんだん道が細くなっていき、明らかに見覚えのないところになっていた。そして気がつくと青の目印が全く見られなくなっていた。徐々に「間違えたかな?」と思うようになったのだけど、はじめは「まさか」の気持ちの方が大きくて引き返さずに進んで行った。だって、あんな単純でわかりやすい目印もあるし、3回目だし、でもこの古い倒木を見て、冷静に周りを見渡したとき、「間違えた」と確信した(遅い!)。

冬の雪山でもなく、とんでもない秘境を探検してるわけでもないので、実際はそれほど危険ではなかったのかもしれないけど、霧深い中、ぬかるんだ道を引き返し何本もの倒木を乗り越え、くぐり、滑って転びそうになって進んでいくと先ほどすれ違った彼らの表情が納得と思えるほど、僕の中にも悲壮感が渦巻いてきた。頭の中に「遭難」の文字が浮かび、「日本人旅行者南ドイツの山の初心者用ハイキングコースで遭難!」のニュースがテレビで流れている様子が頭に浮かんだ。

実際は何分たったのだろうか。僕にとってはものすごく長い時間霧の中を進んだあと、ついに元の場所に戻ることができた。遭難道から元の道に再び踏み込むとき、ドラえもんのどこでもドアをくぐるような、幽体離脱からもどるような(どちらも経験ないが)、何かをくぐって別世界から実世界に戻ったような感覚になったのをよく覚えています。

なぜ、間違えたのだろう?と少しもどって間違えた場所を検証してみる。正規のコースは右にヘアピンカーブになってそのまま下る。間違えたのはそのカーブの曲がり鼻、直進方向に少し登るような道になっていた。足下の岩にはコースを示す青いマークが右の方にある。明るければ間違えようもないのだけど、霧がかかっていて道なりにまっすぐ進んでしまったらしい。今思えば対して危険でもないとおもえるが、あのときは「本当に遭難するかも」と思った。でも、間違いを確信した後一気に集中力が高まり、気合がはいった。「火事場の馬鹿力」って本当だとそのとき思ったのでした。

 

さて、遭難騒ぎから気を取り直し、青いコースを先へ進む。だいぶ森が開けたところで本道からそれる獣道。これは先人がつくった絶景ポイントへの入り口です。獣道を進むと絶壁の先端に出て、そこからはホーエンシュバンガウとノイシュバンシュタイ城の絶景が現れる。晴天なら。

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この年は霧に包まれ、目の前は真っ白だ。しばらくそこに座り、雲がひくのを待つ。先にホーエンシュバンガウ城が浮かび上がってきた。朝一番よりだいぶ雲が上がってきているようだった。そして一瞬ノイシュバンシュタイン城が浮かび消えた。そこからしばらく粘り祈るような気持ちで真っ白な雲を見つめると、遠くのフォルゲン湖がうっすら見えた。もうすぐ雲が切れる。そしてうっすら徐々にノイシュバンシュタイン城とホーエンシュバンガウ城が姿を現したのでした。遭難を乗り切ったご褒美、と勝手に思ってしばらくそこで過ごしてから先に進む。

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何度か獣道からの景色を眺め、そして私のもっとも好きな場所に到着。

 

こはちょうど木々がなくなっており、その先は深い谷。そのすぐ向こうにノイシュバンシュタイン城があり、ここに座ると城と私の間には何もない、すべてを独り占めしたような気になれる。と、晴れの日に紹介しましたが、こんな日もまたとても良い。

 

倒れた木に腰を下ろし、いつものようにここでゆっくりすることにする。霧が風にながされ、最初は本当にうっすらしか見えなかった城もだんだんはっきり見えるようになってくる。霧に包まれた城もいいものです。

 

しばらくすると霧が晴れ、ほんの短い間だったけど遠くフュッセンの方まで見渡せるほどになった。

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何思うでもなく、ずーっと城を眺めてすごす。そして、再び霧が訪れて、幕を引くようにノイシュバンシュタイン城を隠してしまった。しばらく真っ白な空間をながめたあと、僕はそこを後にした。

次はいつここにこれるだろう?

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雲を抜けてマリエン橋まで来ると、視界は平原一帯を見渡せることができた。

下界は相変わらず人でごった返している。いつものようにたくさんの人がマリエン橋からの眺望を楽しんでいる。

僕の遭難騒ぎとは一切関係なく。

 

 

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