cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

愛すべき仕事人 しんちゃん

今回紹介するのは、おそらく僕が一番長く一緒に仕事をした上司のお話。

僕の会社の事業部は、誰もが知ってる製品を手がけ、その分野では世界一と言われる技術を持っていました。その中でも僕の所属する部隊は、世界的にも希少な技術分野でカッパさんのような面白い天才はじめ、タチの悪い秀才、他優秀なメンバーがわりと集まっていて能力の凸凹とともに、人格的な凸凹も相当なものでした。技術的なキレものと、人格的にキレちゃったものまで、まあ面倒くさくも面白い集団でしたね。

当時20代中盤だった僕は、それまで自分のやりたいことをさせてもらえず腐っていました。そんなある日、僕はチームを変えることになります。

そこで上司になったのが「(仮称)しんちゃん」。僕より20歳近く年上で、ピチッとした7:3分けの髪型で、背が低く、体型はコロっとして目がクリッとした可愛らしい顔のおじさんで、「ザ・昭和のサラリーマン」と「少年」が共存する、そんな風貌でした。

*名前が同じというだけですが。。。。

当時の二十代後半、三十代に差し掛かるころの僕は、世界一と言われたうちの会社の技術を発展させてきたスゴイ人(噂)と仕事ができること、世界に先駆けた製品を開発するチームに加わることへの期待感と、今までのやりたいことができなかったことからの解放に、胸いっぱいな感じでした。

そしてチームが動きだして程なく、徐々にしんちゃんという人の素顔が見えてきた。

しんちゃんの特徴その1: いつもニコニコとても温和で、穏やかな空気を持っている。

しんちゃんの特徴その2: ニコニコしながら不用意なひと言を連発して場の空気を凍りつかせる。さらにみんなのやる気を削ぐようなことをさらっと言う。

しんちゃんの特徴その3: みんなが問題解決のためやむを得ず残業で対応せざるを得ない時に、「今日は用事があるから」とささっと定時退社をすることいとわない。

で、そこでも特徴その2が発動し、言わなきゃいいのに「今日はクラシックのコンサートでさあ。。。」みたいなことを正直に言ってしまい、更にみんなの顰蹙(ひんしゅく)を買う。。。。

 

プロジェクトを進めるのも技術課題への対処も、考えがあるのかないのかわからない。そのくせチームのメンバーのやることにはケチだけつける。。。チームが動き出してまもなく、みんなのストレスは最高潮に達していたのでした。僕も当時はまだ血気盛んな20代、僕もみんなと同じようにしんちゃんの不用意な行動や言動の数々に「もうやってられるかー!」と日々頭を抱えていました。

重要プロジェクトのリーダーとしてやるべきことはやってもらわないと。で、できれば最低でもみんなのやる気を削ぎ落とすような不用意な物言いだけはやめてもらいたい。でもなかなかそれは改まらない。

上の上に相談したり、しんちゃん本人にも直接話をしたりもしたのだけど、そんなことはどこ吹く風としんちゃんの行動言動は変わらない。なかなか状況変わらずチームの空気は最悪で部下一同、しんちゃんに対しては敵意を隠さないような状況がしばらく続きました。

しんちゃんは決して根が悪い人間ではないんだけど、いかんせんリーダーとしての責任感や本来のリーダーらしい行動は見えてこない。僕たちは一触即発な状況を過ごしていたのです。これでは新技術の開発どころではありません。

 

ただ、そんな中で、じわじわとわかってきたことがありました。まず、しんちゃんの不用意な言動は、しんちゃんの言葉の選択の問題にあった。おそらくしんちゃんが伝えようと意図していることと、実際に発する言葉は随分違い、空気を読めないが如くの言葉を選択してしまうということを発見したのです。しんちゃんをよく観察してると、「不用意な一言」の直後に一瞬「あ、しまった、またやっちゃった」と言う顔を覗かせていることを僕は発見してしまったのです。この人は「伝える能力」が壊滅的に低い。。。。

 

これを境に何かが変わった。

 

しんちゃんの言動はあいかわらず基本は何も変わらない。周りにどれほどキレられても呆れられても、しんちゃんのそれは変わることはなかった。いや、変わりようがなかったんだろう。すると僕の頭の中にはこんな言葉が浮かんできたのでした。

「しんちゃんだから、仕方ない」

僕は根負けしたが如く、こういうモードになったのでした。程なく周りのメンバーもそれに気付いてチーム全体がそういう空気となった。元々悪人ではないから、どんな言葉が飛び出そうとこちらが「しんちゃんだから仕方ない」と言う状態になると、しんちゃんとのコミュニケーションは格段によくなり僕たちのストレスも随分と軽減されたのです。

そうなってようやく、なんだかチームがまとまり、物事が回りだしました。今思い出してもとても面白い現象だったと思う。

このチームが開発したデバイスはリンゴの会社の製品に搭載され、世界初のデバイスとして世界に売り出された。その後これと同様の装置が爆発的に世の中に広がっていった様は、その一代目を開発したエンジニアとしてとても誇らしい。僕のエンジニアとしてのキャリアの中でもクライマックスとなったものでした。

振り返るとしんちゃんは、不用意な発言はついに無くなることがなかったが、プロジェクトの最後の方には責任感とかリーダーシップ的な行動の面では変化が感じられるようになったと思う。その点しんちゃんは「カッパさん」と同じく「変われる人材」だったと言える。

 

これだけだと、しんちゃんが全くのダメ上司みたいなので、良いことも書きます。

ひとつ目、僕の仕事は結果が出るまで一切口を出さず、待ってくれた。おかげで僕は僕のやり方と責任で難題を切り抜けることができた。よく「上司だから」とあまりわからぬまま、あれこれダメ出しだけする人間が多い中、よく我慢してくれたと思う。

ふたつ目、不用意な一言は部下にだけではなく、さらに上層部への報告や他部門への説明などでももれなく発揮される。実際に上層部への報告場面に立ち会った時、不用意な一言を発してしまい大目玉を喰らう場面に遭遇したのだけど、そこでしんちゃんは口下手ながらも、一生懸命誤解を解こうと必死にがんばっていた。口下手にも程がある。だけど仕事は真剣に取り組んでるんだなということがわかった瞬間でした。

その後もそんな場面はたくさんあり、しんちゃんが大炎上したところで、「いや、こういうことなんです。。」と代わりに僕が説明して事なきを得たこと多々あり。どっちが上司かわからん、という場面もたくさんあったなあ。

しんちゃんだから仕方ない。しんちゃんはそれでいい。

あ、思い出した、しんちゃんは小遣い稼ぎの講演を僕らに黙ってこっそりやるんだけど、脇が甘いからすぐバレる。そういう時は笑って誤魔化してたけど、その講演で使った資料に僕が徹夜で編み出した技術のデータを勝手に使ってたのを発見した。その瞬間はもう許さん!と思いました。でも1週間もたつと「仕方ないか、しんちゃんだもん」というモードになってしまう。これはすごい能力だと思う。周りが「しんちゃんだから、仕方ない。自分たちでなんとかしなければ!」ということになるのだから、究極のマネジメント術かもしれない。まさか全て計算づくの行動か?いやいや、そんなはずはない。もしそうだったら、しんちゃんは何度も僕に自慢したはずだ。

 

僕がしんちゃんに悟りを開いて以降、何人もの人がチームに加わったり、関わったりすると、しんちゃんと仕事をするのが初めてという人が来る。すると面白いくらいにほぼ例外なく最初の僕たちのように、しんちゃんを嫌いになり敵意むき出しになるんです。その時僕は「あーまたか。いつものパターンだな」と身構えると、その人たちはこれも例外なく僕に問いかけてくる、「あなたはなんであの人と、あんな人と一緒に仕事できるんですか?」と。

その度に僕はこう答えるんです

「仕方ないよ、しんちゃんだもん」

問いかけた人物は、この時は納得できなくても、程なくしてこの言葉の意味を理解する。まるでドリフのコントのようです。

しんちゃんとはその後も約10年ほどの間断続的に一緒に仕事をさせてもらった。部署も変わったり、会社も変わったりしたけど、いっときは同じ会社に転職したりして、僕としんちゃんのどっちがどっちかわからない上下関係は続いたのでした。しんちゃんは僕を自由に泳がせ、成果を得る。時々遭遇する大ピンチでは、僕はしんちゃんを先行させ時間を稼ぎ、しんちゃん大炎上したところで、僕が論理組み立て説明して事がおさまる。僕としんちゃんは結構いいコンビだったと思う。

 

しんちゃんは一般に理想的なリーダー像には全く当てはまらない。でもこういうリーダーの形も「あり」なんだな、という稀なケースを見た気がします。そしてそのスタイルは僕は到底真似することはできない。ま、しんちゃんもなろうと思ってなった形じゃないと思うけど、いずれにせよ僕とってはとても相性の良い上司だったんだなあ〜と実感します。

しんちゃんは昨年現役を引退されて、今頃お孫さんに囲まれて幸せな余生を送っていることでしょう。久しぶりにしんちゃんに会いたくなりました。

 

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