cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

ペルガモンのアスクレピオン

紀元前5世紀にギリシアのエピダウロスに作られた医療施設は医療の神「アスクレピオス」を祀る聖域として「アスクレピオン」と呼ばれました。当時、科学的な治療がまだ確立する以前、祈祷による治療を中心に、他にも温泉療法、水による治療、運動療法、食事療法、心理療法、夢治療が行なわれていたと言います。

当時の地中海世界にはギリシアに4つ、イタリアに1つ、トルコに2つのアスクレピオンが作られました。トルコに作られたうちの一つがこのベルガマ、ペルガモンのアスクレピオンです。そしてペルガモンは古代ローマ帝国の皇帝マルクス・アウレリウスの主治医ガレノスの出身地であり、アスクレピオンはガレノスが学び医師として成長した場所でした。このこともあってペルガモンのアスクレピオンは当時の地中海世界で最も有名な医療センターで古代ローマ世界全土から、人々がここに治療に訪れたと言います。

ガレノスは生まれ故郷のペルガモンのアスクレピオンで医師として臨床経験を積み、さらに解剖学の経験を積んで、それらを体系的にまとめます。その学説はルネサンス期に至るまで1500年もの間、医学の世界に影響を与え続けたと言います。

アスクレピオンは130m x 110mの列柱廊に囲まれた四角い広場に神殿や劇場が付随する構成となっていて、列柱参道を通り前門プロピロンから中に入ると、広場中央にある聖なる泉で身を清めて、地下通路を通り治療施設に至る。アスクレピオン到着から医師に診てもらうまでに様々な仕掛けによって治療する準備がなされる仕組みになっているんです。ローマ帝国全土から人々が訪れた総合医療センターに、患者になったつもりでアスクレピオンの中に入ってみます。

 

◾️列柱参道

長さ140mの列柱参道を行きます。背後にはペルガモンのアクロポリスの丘が見えます。一定のリズムで並ぶ円柱の道は心のリズムを整える効果もあったでしょう。

◾️プロピオン(全門)

列柱の参道の先に今では基壇が残るのみのプロピロン(前門)に到着します。

かつてここには「神の命により、ここに死が彷徨うことはない」と掲げられていたと言います。このプロピロン右手には医学書図書館、左手にはアスクレピオス神殿がありました。

 

広場中央に2匹の蛇が彫りこまれた柱の一部が残されています。

蛇は年に1度脱皮をすることから「再生のシンボル」として扱われ、現在に至るまで医療をあらわすものとして用いられているそうです。患者はまずここで、この蛇に祈りをささげます。

 

◾️聖なる泉

そして患者はほぼ中央にある「聖なる泉」で身を清める。この泉の水は病を治す力があると考えられていました。



◾️地下通路

身を清めた患者は地下トンネルに入り治療施設へ向かいます。

ところどころあいている天井の穴。これは患者がこの通路を通るとき、神官が患者に向かって治療のための囁きを行うための穴なのです。患者の病状がアスクレピオス神に伝わっているからきっと治る、というような患者が治療に前向きに臨めるように囁いて、患者の心を整えた心理療法的な効果があったとされています。

この地下通路を通る間に、神官の囁きに耳を傾け、水の音に癒され、暗い通路にさす光に導かれ、これらは心理的に希望を持てる方向に作用するように構成され、ここを通る患者の治療に向かう気持ちを作っていた。病は気から。まずは病んだ気を治す、この地下通路はそんな風に使われました。

 

◾️テレスポス神殿

地下通路を進んだ先には治療の場であるテレスポス神殿が現れます。ここは実際にさまざまな治療が行われた円形の神殿で、ここに来た患者はまず夢の部屋という小部屋に入り、一眠り、その時に見た夢からその患者の治療方針が決められたと言います。心理療法を中心に、水浴、泥浴、マッサージ、薬草、観劇や音楽鑑賞を使った治療等々が行われた。

内部は大理石で覆われ、水道管が張り巡らされていたそうで、当時はきっと湯気立ち込めるハマムのような雰囲気だったのではないかと思われる。

 

◾️劇場

西の列柱廊の端に小さな劇場があります。これは時のローマ皇帝(紀元後4世紀ころ)が治療の御礼に建てたもの。その皇帝はトライアヌス帝かハドリアヌス帝と言われているのだけど、碑文などが残っておらず正確には誰が建てたかはわかっていません。

3500席ほどの小さな劇場は、患者が演劇や音楽を鑑賞することで治療を行うための施設として、おそらくアスクレピオン側から皇帝にお願いしたものだと僕は思う。ここに座ると当時の様子が思い浮かびます。皇帝はもっと壮大な劇場を寄贈しようといったかもしれないけど、アスクレピオンは治療の施設としてのこの規模の劇場をお願いしたじゃないかと。

劇場の観客席に座りながら当時の様子に思いをはせる。

円形劇場の上から北の列柱廊を眺めてみます。

 

北側の回廊は比較的きれいに保存され、円柱もいくつか残される。

列柱廊を歩いていて、違和感に気づく。

右3本はコリント様式、左3本はイオニア様式。一列の列柱廊に二つの様式が混ざるというのは珍しい。これも心理療法のための作りだったのか、近代になってからの復元の際の間違いなのかはわからない。僕の中で謎ままになっています。

 

ここペルガモンのアスクレピオンではただ単に病を治療するというより、水、光、建築、演劇、信仰、医学を駆使して患者の心から総合的に治すことを目的とした総合医療センターとして機能していたのでした。

 

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