
クレテス通りの坂道を歩いていくと、向こうのほうに大理石の神殿のような大きなファサードが見えてきます。神殿のようなといっても、三角破風を持ったいわゆるギリシア・ローマ神殿とは違う特徴的な姿に期待感が高まります。あれはアレクサンドリア図書館、ペルガモン図書館には及ばないものの古代世界有数の蔵書数を誇ったと言われるエフェソスの図書館、セルシウス図書館のファサードなのです。

クレテス通りが終わると、この見事なファサードの全貌が現れます。
これがセルシウス図書館の姿。
古代ローマ人の特徴の一つは、他民族の優れた部分は取り入れ進化、昇華させていくことで、建築であれば古代ギリシアの神殿建築を取り入れながら古代ローマ風にアレンジして進化させていく。セルシウス図書館のファサードはローマ建築の行き着いた先の一つと言えるかもしれません。

*この写真は朝エフェソスを訪問した時のもので人がとても少なく静かに堪能できました。
セルシウス図書館はケルスス(Celsus)という名のエフェソスに貢献した政治家を記念してその息子アクィラによって建てられました。ラテン語読みで「ケルスス図書館」とも呼ばれますが、ここでは僕にとって親しみのある「セルシウス図書館」と呼ばせてもらいます。
セルシウス図書館は、紀元前2世紀前半の紀元110〜120年頃に完成しました。修復を重ねながら華麗な姿を現在までとどめているセルシウス図書館ですが、この古代ローマ建築屈指の特徴的なファサードが一体どんな風に生まれたのか、建築家が誰だったのか、僕はとても興味があるのだけど、記録は残っていません。古代ローマの建築家は日本の宮大工と同じで建物に建築家の名前が刻まれることは少ない。セルシウス図書館も誰がデザインしたのかは、後世の人々が知る由もないのだけど、この建築家について僕はこんな風に思う。きっと天才肌というよりは、粘り強く研究を重ねる職人肌だったのではないか。真面目でありながら、ちょっとだけ破天荒で伝統にはとらわれない、美意識は人一倍のこだわりを持つそんな人物だったような気がしてなりません。過去の建築様式や同時代の建築を見て、とことん研究して、ヴィトルヴィウスの建築十書もきっと熟読していたんだろう。そして今までにない、でも一目でローマ建築であることがわかるあのフォルムをこだわりと粘り強さで考案したんだと思うのです。そこに自分の名前はなくても、自分が作り上げたことを誇りに思っている。そんな人がセルシウス図書館を作り世に残したんだろうな。
この独創的なフォルムを少したどってみます。

古代ギリシア・ローマの建築様式は主に使われる円柱の柱頭のデザインで分類されます。伝統的に一つの様式で作られたギリシア建築に対し、ローマ建築ではコロッセオに代表されるように階層ごとに様式を分けるような幾つかの様式をミックスしたデザインが多くみられます。
セルシウス図書館はどんな様式かというと、1階部分はコンポジット様式。これは伝統的なコリント式(アカンサスの葉)とイオニア(うずまき)式が合わさったようなオーダーでローマ期に考案されたものです。
2階部分は伝統的なコリント様式。ギリシアの神殿の様式としては比較的に遅くに確立された様式で、ローマではもっとも好んで使われた様式です。
印象としてはより重厚なコンポジット様式を1階に使用することで、建物としてみた時に安定して見えるような工夫をしています。また1階に比べ2階の高さを低くすることで、正面に立ってこのファサードを見上げた時により奥行きを演出したり、外側と中央で柱の間隔を少し変えたり、水平方向の線は中央がほんのちょっと膨らみを持って構成されているといった、古代ギリシャから続く視覚補正も駆使して、美しく安定して見える工夫が盛り込まれています。

セルシウス図書館の一番の特徴は円柱を並べた空間の表現です。
一見すると1階も2階も8本の円柱がリズムよく並ぶ構造なのだけど、よく観察すると1階は円柱2本ずつセットの4つの空間があり、2階は両端1本ずつの円柱を独立させ、内側に円柱2本ずつの3つの空間があるのがわかります。おそらくこの変則的なリズムが見る人に独特な感覚を与えて、独創的な印象を作り上げているんじゃないかと思います。
また、2階の3つの空間上部を飾る破風は中央が三角、両サイドがアーチ型となっており、1階から2階へ、そして最上部の円柱と破風のつくるリズムがエレガントな印象を作り出しているのです。
ファサード内側に入って上を見上げると、その変則的なリズムの構造を実感できます。それと同時にファサードを飾るその細かな彫刻(意匠)に目を奪われてしまいます。
僕は多分一日中眺めて観察していられると思う。

2階中央破風には魔よけのメドューサが彫り込まれています。 ほぼ同時期に建てられたエフェソスのハドリアヌス神殿と同じく、このメデューサがこの建物を災厄から守ってくれるようにとの願いがここにありました。

セルシウス図書館には約1万2千巻の蔵書があったと言われており、その規模はアレクサンドリア図書館、ペルガモン図書館と比べたら少ないものの、当時有数の図書館として知られていました。
この頃の書物はエジプト産パピルスを使った巻物状のもので、図書館も筒状の巻物が書架に置かれ保存されていました。パピルスの書物は温度の変化や湿度に弱く、図書館も蔵書を安全に保管する工夫として、石の壁から少し離した場所に木の書架を置いてそこに1万2千の巻物を保存した。石壁から離したこの空間によって、外気からの温度変化を和らげ、パピルスの巻物を湿気から守ったといいます。

*完成当時のセルシウス図書館内部の想像図(A.I.との合作)
セルシウス図書館の完成から約100年余りあと、紀元後3世紀にエフェソスにゴート族が侵入し、街もセルシウス図書館も破壊されてしまった。またその後も地震や火災によってセルシウス図書館は元の姿をどんどん失って行きました。
近代になりオーストリア考古学研究所がセルシウス図書館のファサードの復元を試みました。その場に残された元々の石材を使って組み直していく作業(アナスティローシスという手法)はとてつもなく複雑でしたが、1978年に現在の姿にまで復元され一般公開されるようになりました。
2千年前にセルシウス図書館を建てた建築家とこの石を刻んで形にした多くの職人たち。そして一度崩れた建物をパズルを組み上げるようにして再現した20世紀の考古学チーム。この2千年の時を超えて一つの建築に関わったこの人たちの仕事があったおかげで、現代の僕たちが、ローマ建築屈指のファサードを本物として今見上げることができるのです。
でも、セルシウス図書館が2千年後まで語り継がれている理由はもう一つあります。
そこには一人の偉大な父と、その父を敬愛した息子の物語がありました。