ヴェネツィアでの僕の宿は、ため息の橋からすぐ近く。サンマルコ広場まで歩いて3分、思い立ったら広場にすぐ出かけられるホテル・トロヴァトーレ。そしてここはこんな恵まれた場所なのに財布に優しい、いろいろな意味で良いホテルでした。
おかげで僕は朝昼晩、夜明け前、そして深夜にサンマルコ広場に出かけ、いろいろな広場の表情を見ることができたのです。
ホテルの部屋は1階で中庭に面した窓の外は決して良い景色ではないけれど、値段からしたら必要十分以上の部屋でした。

初日、一通りヴェネツィアの街を歩いて一度部屋に戻り、一休みするために初めてベッドに寝っ転がってみると、何かの違和感を感じました。
さっき閉めたはずのクローゼットの扉が片側空いている。ベッドから起き上がって、もう一度扉を閉めるのだけど、閉めた扉はゆっくりと自動的に開いていく。。。心霊現象ではなさそうで、三半規管ちょっとした違和感を感じて周りをよく観察してみると。。。この部屋傾いていることがわかった。

部屋の様子をよくみると、壁にかかる絵の額も、天井から下がっているライトも少し傾いている。いや、部屋が右下がりに傾いているので部屋の縦横のラインからいろいろなものが傾いて見えるのです。そういえば、立った感じも斜めの違和感がありビー玉床に置いたら、すごい勢いで転がっていくんだろうという感じです。
海の上に存在するヴェネツィアの街は、時折建物の負荷に耐えられず傾いたり歪んだりする建物があり、その極端な例が下の写真の教会の鐘楼です。明らかな傾きに驚き、傾いた側に住んでいる人は気が気じゃないと思いますが、程度の大小はあるにせよ、ヴェネツィアではこういう感じに「どうみても傾いているもの」から「言われたら傾いていることに気づくもの」まで、さまざまに存在しているのでしょう。その一つが僕が滞在したホテルでした。僕はそこでこの傾きについて思いを馳せる。

ヴェネツィアは干潟の上に建てられた街です。
ヴェネツィア人は蛮族の侵入から逃れるため、海の上に街をつくることにしました。海の上に建物を立てるためには、まず安定した基礎(土台)を作る必要があり、ヴェネツィア人は干潟の下にある硬い地盤に向けて、無数の木の杭を隙間なく打ち込むことでそれを実現します。建物の、いや街そのものの基礎としてヴェネツィアの地下には数百万本とも言われる夥しい数の木の杭が打ち込まれ、ヴェネツィアの街は支えられているのです。とはいえその土台作りも100%完璧というわけにはいかず、場所によっては写真の斜塔や僕が滞在したホテルのような建物が存在して、やはり普通の街に比べれば土台が不安定なところが多いといえます。
いや違う。。。発想の順番としては、そもそもこんな干潟の上に建物を建てるなんてこと自体がおかしくて、そんなところに家や教会を建てて地盤沈下や傾くなんてことがほとんど起きず500年も1000年も存在してるというのが、奇跡的にすごいことであり、どちらかというと、傾いたり歪んだ建物がところどころにしか見られない、「よくぞこんな場所にここまで安定した土台を築いた」という表現の方が正しいといえます。ヴェネツィア人がいい加減な人たちであれば、そこらじゅうが傾いて、今ここに1000年以上も続くこの奇跡の街は残っていなかったでしょう。
僕は傾く部屋に毎晩帰り、その度にこの街の凄さを実感するのでした。。。
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