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カエサル28 禿げの女ったらし

カエサルがタプソスで勝利して、ウティカ(現チュニジア)に入城したことで実質的に内戦が終了します。まだ未踏だったコルシカ島サルディーニャ島を経由して首都ローマに帰還してから僅か10日後、カエサルのこれまでの戦功に対するド派手な「凱旋式」を執り行います。

◾️凱旋将軍カエサル

凱旋式はローマ人にとっての最高の栄誉。軍事の天才ポンペイウスならば20代のころ既に凱旋式を執り行っていたのに対して、遅咲きのカエサル凱旋式は54歳にして初めてのことでした。

紀元前46年8月、カエサルは10日ほどの間に四回の凱旋式を執り行います。1日目はガリア人に対する戦勝、2日目はエジプトのプトレマイオス13世に対する戦勝、3日目はポントス王ファルナケスに対する戦勝、そして4日目はヌミディアに対する戦勝。4日目の旧カルタゴの地で得たヌミディアへの戦勝は、実のところ内戦の一端である同胞ローマ人に対しての戦勝であったので、そもそも大っぴらに祝う戦勝ではなかった。しかし実質的に内戦を締め括った戦いとして、あえてローマ市民に印象づけたかったものだと思います。なのでもちろん、元老院派への戦勝とは謳わずに、元老院派に加担したヌミディア王への戦勝としての凱旋式でした。

◼️凱旋式はこんな風に。。

凱旋式のパレードは当時のセルウィウス城壁の外に位置するマルス広場(Campus Martius)からスタートするというのが古くからの慣わしでした。軍神マルスに捧げるマルス広場は、現在もその姿を残すパンテオンがあるあたりで、凱旋式に参加する全員が広場に入り、パレードの順番に列をつくります。その様子はマルス広場に蛇行して整列します。

*コインに刻まれた四頭馬車

凱旋将軍であるカエサルが四頭馬車で登場すると、華やかな凱旋式が始まります。凱旋パレードの列は次のような順番で進んでいきます。

  1. 元老院議員と政府高官
  2. 楽隊
  3. 戦利品を展示する馬車列
  4. 戦役の様子を絵で伝えるプラカード
  5. 戦役の敗者を乗せた馬車
  6. 行進後、犠牲に供される白牛と祭祀
  7. 四頭の白馬の馬車に乗る凱旋将軍
  8. 幕僚
  9. 騎兵団
  10. 軍団兵

4の戦役を伝えるプラカードは、絵でその様子がわかりやすく描かれ、誰でもカエサルのローマ軍団がどのように戦果を上げてきたかが広く市民に伝えられる。

5の敗者の馬車には、1日目ガリア戦勝ではアレシアでカエサルをギリギリまで追い詰めたガリアの英雄「ヴェルチンジェトリクス」、2日目エジプトの戦勝では戦死したプトレマイオス13世の妹「アルシノエ」、3日目ポントス戦勝では王ファルナケスの息子、4日目ヌミディア戦勝では王子が、戦勝の象徴としてローマの街を引きまわされた。

どのグループも凱旋式のために古式に則った装飾され、敗者の馬車ですら豪華に飾られ、見るものを感嘆させるような工夫が随所に施されていました。

◼️カエサルの凱旋

そしていよいよ、四頭の白馬が引く馬車に乗る凱旋将軍が登場すると、ローマの熱は最高潮に達します。純白の短衣(ユニティカ)に凱旋式のための特別な浮き彫りが施された豪華な甲冑を纏い、魔除けのために赤く塗りたくられた顔、頭には月桂樹を頭に乗せたカエサルが威風堂々、ローマ市民の歓声に答えながら過ぎていく。

*月桂樹をかぶるカエサルの横顔

幕僚たちに続き登場するのは騎兵団。カエサルの騎兵団と言えば、カエサルに忠誠誓って付き従うゲルマン人の猛者たちだ。ラテン系のローマ人よりひと回りもふた回りも大きな体の騎兵団はローマ市民を驚かせただろう。

そして続く軍団兵の行進です。カエサルの軍団兵は12年間、カエサルとともにガリアを、ゲルマニアを、スペイン、エジプト、ギリシア小アジアをともに戦った兵士たち。カエサルからも絶大な信頼を得ているこの軍団兵は、威風堂々、格式高く、ではなく声高らかにこう叫んで行進しました。

 

「市民たちよ!女房を隠せ!禿げの女たらしのお出ましだ!」

 

その風貌は決してイケメンではないけれど、ユーモアのセンスとあふれる知性、その立ち居振る舞いは世の女性を虜にし、元老院議員の1/3はカエサルに女房を寝取られたと実しやかにささやかれていた。そんな自分たちの敬愛するインペラトール(総司令官)カエサル凱旋式での軍団兵のこの雄叫びはカエサルもずっこけただろう。

実際カエサルは若い頃から相当な女たらしで有名で、カエサル54歳のこのころは髪の毛がかなり後退していた。カエサルはあらゆる面で、他人に引け目を感じるような器ではなかったのだけど、この髪の毛についてだけは、唯一、そしてかなり気にしていたと言われています。せっかくこの凱旋式では月桂樹がそれを隠していたのに、部下たちに大声でローマ市民に向けて暴露されてしまった。「禿げ」だけは勘弁してくれと、文字通り頭を抱えてしまったに違いない。

古式に沿った威風堂々の凱旋式で、凱旋将軍の栄誉と品格を落とすような掛け声は、実はローマの凱旋式ではお決まりのパターンだったといいます。それは神々が凱旋将軍に嫉妬しないようにするためだとか。。。

◾️フィナーレ

凱旋パレードはマルス広場を出た後、フォロ・ロマーノに入り、ヴィア・サクラ(聖なる道)を進みます。

フォロ・ロマーノに残る現代のヴィア・サクラ

そして、古から神々だけが棲まう丘、カピトリヌス(カピトリーノの丘)に登っていきます。凱旋式の最後はローマの最高神ユピテルへの戦勝報告となるため、神聖な丘へ続く坂道に差し掛かるころ「禿げで女ったらし」の雄叫びも静かになり、全員神妙な面持ちで行進を続けるのです。ユピテル神殿へはカエサル一人が入り、これまでの長く続いた戦いの全てを最高神ユピテルに報告するのでした。この儀式をもって凱旋式は終わります。

*現在のヴィア・サクラからカピトリーノの丘を望む

◾️カエサルが振る舞うおまけ

カエサル凱旋式に参加した兵士たちにボーナスを大盤振る舞いしました。そして凱旋式を見にきたローマ市民にも、なんと呼べば良いのかボーナスを振る舞います。

そして凱旋式が終わって帰宅するカエサルには象が付き従い市民たちを驚かせた。四回の凱旋式の中日には、ローマの街でいろいろな、ド派手なイベントを開催して市民を楽しませました。演劇や模擬海戦、闘技場での猛獣との戦い、ローマ人が見たこともなかったキリンが市内を歩き、記念の硬貨を作り、市民に配るなどとにかく派手に市民を楽しませたのでした。

*ローマのコインに刻まれるCAESAR=象

ちなみにカエサル(CAESAR)は象を意味します。これは今ここで語っているガイウス・ユリウス・カエサルはユリウス家の家系で、カエサルはあだ名のようなもの。その所以は諸説あるのですが、CAESARは象を表す言葉であるので、カエサルに関係するコインにはしばしばこんな風に象が刻まれたりします。カエサルが象を従えて帰宅したのもCAESAR=象にまつわるユーモアによるものでした。

 

凱旋式を終えるとカエサルは、新しい国家に向けた改革を次々と行っていきます。新しい国家形態「帝政」。現代の私たちはいろいろな経緯によって「帝国」とか「帝政」というものにアレルギーがある。でもカエサルの作り上げる「ローマ帝国」とはいわゆる帝国とは異なるパクス(平和)を標榜する国の形でした。

 

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