
セルシウス図書館を正面にして少し右手に目をやると、三つのアーチを持った門があることに気づきます。セルシウス図書館のファサードに見惚れていると、図書館に付属しているかのように自然に存在する建物なのですが、実はこちらはセルシウス図書館よりも100年ほど前に建てられた建物で「マゼウスとミトリダテスの門」と呼ばれます。
この門は大理石通りの西側、セルシウス図書館のすぐ横に広がるテトラゴノス・アゴラ(商業アゴラ)への出入り口、アゴラの南門として機能していました。

僕はこの時、ミトリダテスと聞いて、長い間ローマと対峙したポントスの王の名前を連想していました。エフェソスを攻略していた時期もあったというポントスの王、あのミトリダテスを連想して、この立派な門は誰かのポントス戦勝を記念したそれこそ凱旋門なのかと勝手に思っていた。
でも現地で買ったガイドブックによるとマゼウスとミトリダテスの門についてこう書かれている。
「ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスとその一家に仕えた二人の奴隷が建てた」
奴隷が現代に残る街の門を建てる?意味がわからない。
いろいろ調べていくと、実にローマらしい、そしてエフェソスらしい物語が見えてきました。
実際の建物を見るとアーチ上部に中央にはギリシア語、両サイドにはラテン語で碑文が刻まれていて、そこには皇帝アウグストゥス、皇妃リヴィア、娘ユリアとその婿であり「アウグストゥスの右腕」でもあったアグリッパの名前が、そしてその左右に「マゼウス」「ミトリダテス」の名がある。この門に冠された名前です。
そして碑文にはこんな内容が記されています。
神格化されたカエサルの子、最高神祇官、十二度執政官となり、二十度目の護民官職権を持つ皇帝カエサル・アウグストゥスと、その妻リウィアに。
また、ルキウスの子で三度執政官となり、六度目の護民官職権を持つマルクス・アグリッパと、皇帝カエサル・アウグストゥスの娘ユリアに。
マゼウスとミトリダテスが、その庇護者たちに捧げる。

マゼウス(Mazaeus)とミトリダテス(Mithridates)。二人は皇帝アウグストゥスとその妻リヴィア、そして娘のユリアとその婿アグリッパの皇帝一家に仕える奴隷でした。マゼウスはアウグストゥス家の、ミトリダテスはアグリッパとユリアの奴隷として仕え、やがて二人とも自由を得て「解放奴隷」となります。その後の足跡について記録らしい記録は残ってない。何をもって、どうやって、どれほどの財をなして、どれほどの地位に上り詰めたのか、何もわからない。
この門が建てられたのが紀元前4年頃と言われるから、このときすでにアグリッパは他界して妻ユリアは2代皇帝ティベリウスと再婚していた。当時を正確に表すなら違う碑文になってたかもしれない。でもマゼウスとミトリダテスは自分たちが皇帝一家と過ごした当時のことをこの門に刻みたかったんだろうと思う。ここにはマゼウスとミトリダテスの皇帝一家に対する思いと配慮が感じられ、かつての「主人と奴隷」であった時の関係性が垣間見られるような気がします。
この二人が何かはわからないがとてつもなく大きな成功を収めたことはこの門が証明してくれる。そしてこの碑文を辿ると、二人が元主人たちに対して深い感謝と思い入れをもっていたことを想像させます。
エフェソスには市民が建てた建物が多く残ります。これらは大抵 エフェソスで成功した「裕福な市民」「裕福な弁論家」「裕福なキリスト教徒」「エフェソスの富豪」によるとして紹介される。それに加えてこのマゼウスとミトリダテスの門は「成功を収めた解放奴隷」が建てた門になるわけで、様々な階層の人々がその足跡を残していることはとてもエフェソスらしい。
そしてこのセルシウス図書館とマゼウスとミトリダテスの門は、一方は執政官の息子が偉大な父に感謝して建てたもの、もう一方は解放奴隷が元主人である皇帝一家に感謝して建てたもの。そんな二つの建物が100年の時を経て建てられて、あたかも一つの建物であるかのように2000年もの歳月を経た今なお存在している。このこともまた、とてもエフェソスらしいことだと思う。
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