cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

ツェルマット小話 〜氷河の果てまで

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ゴルナーグラートからのトレッキングは天気が良ければどこを歩いてもマッターホルンが見えるはずだった。マッターホルンは朝に雲が無くても、昼頃には雲で隠れてしまうことが多いという。この日も例外ではなくて、朝あれほどはっきりくっきり見えたマッターホルンも今ではすっかり雲に覆われている。ただ、マッターホルンの方角以外は天気が良かったのでトレッキング自体はとても快適でした。

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ゴルナーグラートからツェルマットまで約6時間の山歩き。そして、途中で氷河の末端を見に行きます。この「氷河の末端」をどうしても見てみたかったんです。そこはどんな形で何が起きているのか。僕はゴルナーグラートから氷河を見下ろした時、それがどうしても知りたくなってしまったのです。

 

ゴルナー氷河はモンテローザ(Monte Rosa 4634m)とストックホルン(Stockhorn 3532m)の間から流れ出てツェルマットの谷へ向かいます。ゴルナーグラートからの眺めはその名の通りの氷の河と言うより海のようでした。

その末端へ行くにはゴルナー氷河を遙か下の方に眺めながら草木のない荒野をしばらく歩いた後、遙か昔ゴルナー氷河が削ってできたU字谷の絶壁をつづら折りに降りていかねばなりません。この「絶壁降り」これが本当に”絶壁を降りていく”わけで、ひたすらつづら折りの細い獣道のような道を降りて行かねばならないので、折り返しでちょっと勢い余ったものならそのまま、道を外れて谷の下まで一直線に、となってもおかしくないという所でした(実際何度か勢いがあまり、体勢崩れかけてヒヤッとしました)。

気が遠くなるほどの高さをひたすら降りることといい、山男ではない僕にとってはなかなかの試練でした。スリルと体力、その両方を試されながらなんとか谷の下まで降りきった。そこで今降りてきた絶壁を見上げると、その高さもさることながら、自分が降りてきたところが本当に"絶壁"であったことを実感して、改めて背筋が寒くなったのでした。ここで道から外れ落ちて、「日本人観光客行方不明」みたいなことになってもおかしくなかったなと。

それにしても氷河が形成する谷というのは、ベルナーオーバーラントのラウターブルンネンの谷といい、ここといい、両サイドの切り立った崖とその間の平坦な所と本当にUの字型をしているのには驚かされます。


さて、下まで降りると「氷河末端こっち、15分」という標識がありました。そして氷河末端を指す方向と反対方向には「ツェルマットこっち、2時間」と言う標識があった。ここまで、特にさっきの崖降りでかなりグロッキー状態だった僕はこのあと2時間もかけて帰るのか…とやや意気消沈。そして氷河末端に向かって歩き出した。

 

谷底を氷河の雪解け水をたたえた白い河が貫いていて、この流れの先にはツェルマットの村がある。やがてその河はローヌ川に合流してスイスを抜け、フランスのプロバンスを抜け、地中海に注ぐ。「ここはローヌ川の支流のひとつなんだなあ」と考えるととても感慨深いものがあります。

さて、白い河の谷を上流に向かって進むにつれて徐々にごつごつと大きな岩が増えてきた。このことも写真だとあの巨大さが伝わらず残念なのですが、本当に巨大なのです。そこらへんに転がっている石は小さく見えるけど、氷河がさっき削り落としたばかりの石はゴツゴツしていて、そして大きい。そのおかげでだんだん進むに進めなくなってきました。

そして行く先、遠くに目をやると、何とも見慣れない風景が見えてきました。U字谷が徐々に狭まった先、そこには高い高い青白い壁が見える。つやつやしたその表面は映画"アビス"の水中都市を連想します。

どうやらあれが氷河の末端らしい。まだ遠くてよくわからないが間違いなさそうだ。

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川の流れに沿って青白い壁に近づいていくと予想以上の高さ、大きさであることに驚かされました。何十メートルはあるだあろうという高さの青白い氷の壁。その両脇には「いま削ってます」と言うふうに、U字谷を形成する過程を示すように氷の壁と岩肌が折り重なっている。とても荘厳な景色でした。

これが氷河の先端、末端だ。。。。

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白く濁った河はその巨大な壁の下からわき出すようにゴウゴウ音を立てて流れ出ていました。更に近づこうとしたのだけど、氷壁に近づけば近づくほど河原に転がる岩は大きくなりもうこれ以上は進めない、途中で断念せざるを得なかった。

僕はその氷河の壁を目の前にして、神秘性と荘厳さとともに恐怖も感じていました。もし、今この壁が崩れてきたら、岩が一つ落ちてきたら。。。また「日本人ゴルナー氷河の先端で行方不明」の見出しが頭をよぎります。でも、この場所からしばらく離れることができませんでした。

自然の力、エネルギーがここに詰まっている。そこでは神聖な、天地創造のような大きな力がこの空間を満たしている、ここはそういう場所だったのです。

 
僕は目的の「氷河の末端」をこの目で見た後、白黒羊の群を抜け、森を抜け、さらに2時間かけてツェルマットの村までたどり着いたのでした。この日、朝に姿を現した以外、マッターホルンは最後まで姿を見せてはくれませんでした。

 

  

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