
アヤソフィアはキリスト教会でした。なので完成当時は今のようなような4本のミフラーブはなく、ドームの頂きにはキリスト教会である証の「十字架」が立っていました。

ブルーモスク側の門越しにミフラーブを隠すように見ると、完成当時のアヤソフィアの姿がイメージできるような気がします。

実際には、アヤソフィアは幾度もの地震によってドームが崩れます。その度に修復され構造的な耐震強化がなされました。それはオスマントルコによる支配下となっても継続的に修復と構造的強化が行われてきました。その結果、現在に残るアヤソフィアのドームは完成当時より7mほど高く、修復によってドームは歪な楕円形となっています。
現在のアヤソフィアはモスクとして改装された後の姿なので、4本のミナレットが立ち、ドームの頂きにはイスラム教の三日月が載っています。手前の小さなドームはオスマントルコの歴代スルタンの霊廟です。
キリスト教会として建てられた建物とイスラムのミナレット、スルタンの霊廟のドームが不思議なくらい自然に調和している。とても不思議です。
赤い壁から続く、織り成すドーム。中央の巨大なドームとそれを支えるように存在するひとまわり小さい半円ドーム、そしてさらに小さな半円ドームと続いていく構造は内部に柱のない巨大な空間を作り上げます。

アヤソフィアの赤い壁は使われているモルタルの材質によるもの。アヤソフィアはレンガとコンクリートで作られた構造体をモルタルで覆っているのですが、そのモルタルはローマンコンクリートと同じように、石灰に火山灰を混ぜる手法をとり、さらにレンガ粉を混ぜた「コッシラ石灰モルタル」と呼ばれるものが使われています。その結果、全体的に赤みを帯びた色になっています。このモルタルによって構造体を湿気から守り、耐震性の高い、赤い建物となったのです。
この写真もキリスト教会とイスラムのミナレット、手前下にはモスク時代の沐浴所が同じフレームにおさまっているのだけど、まるで違和感がない。

アヤソフィアは内部の派手さ、華麗さとは対照的に、外部の装飾は極めて質素です。内部を湿気から守るモルタルの外壁からはのっぺりした印象すら受けます。それ以前のギリシア・ローマの神殿やバシリカなどの華麗な外観の建築や、その後に作られることとなるゴシックやバロック、ロマネスク、ルネサンスの教会に見られるような装飾らしい装飾は一切と言っていいほどありません。
でも、一方で大ドームを中心におりなす半円ドームの重なる構造からはとても高貴なリズムが感じられ、この連続したドーム構造のフォルムは、他のどんな装飾より派手と言えるかもしれません。だからこそマホメッド2世がコンスタンティノープルを陥落させ、アヤソフィアに入った時にアヤソフィアをそのまま残すことを即決したのでしょう。
そしてそのデザインはイスラム世界でも高く評価され、受け入れられて、アヤソフィアを模したモスクが現在に至るまで多く建設されてきたのです。