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ゴッホとアルル 〜そして日本の「ひまわり」

f:id:fukarinka:20200414121650j:plainゴッホがアルルで描いたひまわりは7枚。

最初はアルルの黄色い家でゴーギャンを迎えた4枚。

現在1枚は個人所蔵、1枚は焼失。残りはミュンヘンとロンドンの美術館にある。

その後3枚が描かれた。

 現在1枚はアムステルダムゴッホ美術館、1枚はフィラデルフィア

 そしてもう一枚は新宿にある。

 

新宿の東郷青児記念美術館。1987年、当時の安田火災海上保険がバブル経済の力に物を言わせて53億円という当時一枚の絵画としては史上最高金額で手に入れた。

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新宿のひまわり

バブル期の日本は、安田火災に限らず企業や個人が海外の不動産や美術品を買いあさっていた時期で、他にも1990年にはある会社の会長がゴッホの「医師ガシェの肖像」を約125億円、ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット(習作?)」を約100億円で個人として購入したこともバブル期日本の象徴的な出来事として記憶されている。この会長さんが嬉しさのあまりに発してしまった「自分が死んだらこれらの絵も一緒に棺桶に入れて火葬してほしい」という発言が報じられてしまい、海外から非難を浴びてしまったが、この非難はこの人個人へのものというよりは、日本人に対しての非難だったように思えてならない。

バブル期の日本と日本人はおかしくなっていた。突然大金を持ってしまい、多くの人が自分たちと日本について何か勘違いをしていた。企業や個人の芸術品や不動産の高額買収から一般人の高級ブランド品の買いあさりまで。本来ならそれらを持つ意味を知って買うべきものを、バブルでお金を持ってしまって、その本質を知らないままお金を使った。とにかく日本としておかしな時代であり、世界に対してとても恥ずかしい時代だったと思う。実際、バブルが終わった後この時期購入された多くの不動産、美術品は日本から海外へ格安で売られてしまった。

 

そんな中で安田火災ゴッホ購入に関しては、浅はかなバブル投資での買い物ではなく、絵画を理解した上でのの本質的な買い物だったのではないだろうか。ほとんどの絵画がバブル後格安で手放されてしまったのに、購入から30年以上経った今でも、ちゃんと保存、展示を続けている。このことだけでもそれを証明しているように思う。

 

ここにはゴッホの「ひまわり」の隣にゴーギャンが描いたアルルの風景「アリスカンの並木道」が並んで展示されている。

ゴーギャンゴッホのアルルでの共同生活の誘いに応えた唯一の画家仲間。ゴッホゴーギャンを迎えるためにアルルの黄色い家のゴーギャンの部屋をひまわりの絵で埋め尽くそうと描いた。6枚描くつもりだったのだけど、最高の作品でゴーギャンを迎えたいと、丁寧に描き上げた結果、完成に時間がかかりゴーギャン到着に間に合ったのは4枚までだった。新宿の東郷青児美術館の「ひまわり」はゴーギャンがアルルに到着した後に描かれたものだ。

そしてこの日本の「ひまわり」とその隣にあるゴーギャンの「アリスカンの並木道」は同じキャンバス地を分け合って描かれたことがわかっている。

アルルで同じキャンバス地を分け合って描かれてから100年、このふたつの絵がゴッホが憧れた日本で、同じ空間の同じ場所に隣り合って存在している。とても素敵なことだと思う。

 

後世、アルルの黄色い家にあった7枚のひまわりは世界各地に散らばってしまった。さらにそれらが描かれた場所、アルルには一枚も残っていない。

僕は時々新宿のゴッホに会いに行く。こんな近くでいつでも「ひまわり」を見ることができることへの感謝と申し訳なさを感じながら。

 

www.sjnk-museum.org

 

 

 

 

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