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ミラノ小話 メモの価値

f:id:fukarinka:20210524012731j:plain「メモ書き」が一枚1億円の価値をもち、「メモ書き」の展覧会が開かれると大勢の人がそれを見るために集まってくる。
絵でも彫刻でもない、言ってみれば「ただのメモ」に大勢の人々が引き寄せられるのです。そう「ただのメモ」はレオナルド・ダ・ヴィンチが書くことにより「ただのメモ」では済まなくなる。単なる手稿で美術館を埋め尽くし、大勢の人を集めることのできる人類で唯一の人ではないだろうか?

 

ミラノの最後に、このレオナルドの手稿に触れておきたいと思います。

レオナルドは生涯に多くの手稿を書き残しています。その2/3は失われたとも言われていますが、現在までに残された8000ページに及ぶメモ書きが、後世に9つに分類された形で、各地で保管されているのです。9つそれぞれに(勝手に)名前が付けられており、各地の図書館や博物館、美術館で保管されています。

 (Ⅰ)アトランティコ手稿:アンブロジアーナ図書館, ミラノ

 (Ⅱ)トリヴルツィオ手稿:トリヴルツィアーナ図書館, ミラノ

 (Ⅲ)鳥の飛翔に関する手稿:トリノ王立図書館, トリノ

 (Ⅳ-A〜M)パリ手稿:フランス学士院図書館, パリ

 (Ⅴ)解剖手稿, ウィンザー紙葉:ウィンザー王室図書館, ウィンザー

 (Ⅵ)アランデル手稿:大英博物館, ロンドン

 (Ⅶ)フォスター手稿:ヴィクトリア&アルバート美術館, ロンドン

 (Ⅷ)マドリッド手稿:マドリッド国立図書館, マドリッド

 (Ⅸ)レスター手稿:個人所蔵(ビル・ゲイツ氏)

といった具合。

万能の人と呼ばれたレオナルドの手稿は、物理、天文、光学、土木、建築、兵器、都市計画、鳥の飛び方、飛行機械、解剖学、地殻、ラテン語、語彙、絵画理論等々あらゆるジャンルに及び、1枚の紙にイラストや図を交え、紙面にびっしりと細かーい文字、しかも左右反転した鏡文字で埋め尽くされる。中世、人々の世界は宇宙の仕組みから何からキリスト教が作り上げており、それに真っ向(もちろん科学で)反論するような、当時としてはとても刺激的な内容となっている。

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ここで触れたいのは、唯一個人所蔵となっていて、現在マイクロソフトを創業したビル・ゲイツ氏所蔵の「レスター手稿」と呼ばれる18紙葉36面72頁のもの。全体の分類の中では最も小規模だけど、1505, 7-8年に、レオナルドの第2期ミラノ滞在時に大部分が書かれており、天文、地殻、河川、湖水、海洋といった分野のそれまで研究してきたことの総まとめのような内容となっている点で重要な手稿です。

 

そして、このミラノで大半が書かれたレスター手稿は、個人所蔵であることから年に一度どこかの国で一般公開するという約束がある。そして2005年にレスター手稿は日本にやってきた。僕は日本でこのミラノで書かれたレオナルドの肉筆メモと面会しました。


完成させて人々に見せるための絵画や彫刻とはちがった、メモであるがこその、生の筆跡、言葉、文字、そして自分のための図や絵の数々。僕はこの時、そこから500年前に天才と呼ばれた人の息吹のようなものを感じ取りたくて、「レスター手稿展」に足を運んだのでした。

そして実物を間近でみた印象は、これまで見てきたレオナルドの「名画」からはうかがい知れない、レオナルドの人間性のようなものを感じられた気がしたわけです。そのゴマ粒のように小さな字と精密な描写の図や絵からは「科学者」レオナルドの繊細さを、しかし微妙に曲がる行、時折不規則に加えられるメモからは細かいことは気にしない天才の豪胆さが感じられます。それとやはりというか何というかメモ書きなんだけど、芸術作品でした。

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レスター手稿を1頁ずつじっくり観察して、すべて見終わってからまず最初に思ったのは、この人の成したことはすごいけど、もし同じ時代に生きて近所に住んでたとしても友達にはなれそうもない、ということ。いまの世でも「天才」と呼ばれる人には変わり者が多い。レオナルドも相当の筋金入りの変わりものだったと言われるけれど、それがこれらの手稿からもそのことが伝わってきたような気がしました。これら手稿は「モナリザ」や「最後の晩餐」からは伝わってこない、人間レオナルドが見えたような気がしたのです。

レスター手稿の展示は、展示による手稿へのダメージを最小限にするために、照明を徹底的に抑えていました。薄暗い部屋にならぶ18のガラスケース。そこにこれまた薄暗い照明、しかも一定周期でさらに暗くしてもとにもどす、という照明にほんのり照らされた手稿がガラスケースひとつに一枚ずつ入っているという厳重なもの。

手稿の中身の価値もさることながら、現代に至るその扱いは「万能の人」レオナルド・ダ・ヴィンチという人物の凄まじさを感じずにはいられません。

でも一方で、ガラス越しとはいえ、そのメモを間近で見ると、凄まじさと同時にお茶目さも感じ取れたりして、なんというか親近感のようなものが湧いてくる。多分友達にはなれないけど、遥か雲のさらにその上の人物がちょっと身近になったような気がしてちょっと嬉しい。

 

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