cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

欧州列車の小話 車内オペラ

f:id:fukarinka:20210523160027j:plainここで綴るのはスイスのツェルマットからミラノへ列車で向かった時の貴重な思い出です。

 

*失意のツェルマット

ミラノへの出発の日、ツェルマットは朝から雲が立ちこめ、最後にマッターホルンの姿を見ることはできませんでした。結局ツェルマット3日間の滞在でマッターホルンの姿を見られたのは、1日目の夕方と2日目の午前中だけでした。とはいえ、スイスの周りに低気圧が3つも4つもあったあの天気予報で2度もあの山の姿が見られたのは奇跡的といえるかもしれません。

ブリークへの列車に乗り込みミラノへ出発です。ツェルマットからミラノへは、ローカル戦でツェルマットへの玄関口ブリークまで行き、そこで国際列車に乗り換えます。ツェルマットやブリークはイタリアとの国境近くにあるのでブリークを出るとすぐ、列車は長いトンネルに入り、シンプロン峠をくぐりイタリアへ抜けることになるのです。

ブリークの駅でミラノへの列車に乗り込みます。乗客もまばらだったので「最後に一目マッターホルンを」という希望かなえられず、失意に沈むにはちょうど良いとばかりに1等車のコンパートメントを独り占めしていました。

 

*なんだこの団体は?

そう、ミラノまでは一人静かに過ごせると思っていたその時、大勢の人間がどやどやとこの車両に乗り込んできた。なんか騒々しい。そして僕がひとり占領していたコンパートメントにも男女織り交ぜ、大荷物を抱えたやたら陽気な5人が入ってきた。それでもこの日静かに過ごしたかった僕は、「しようがないなあ…」と思いつつ、窓の外に目をやって気を紛らわした。こういう時言葉がわからないというのは助かります。どんなにワイワイ喋ろうと言葉わからないと全然気にならない。と、思っていたら、彼らはなにやら仲間大勢で列車に乗り込んだようで、あっちもこっちもコンパートメントはその団体で埋まり、人も出たり入ったりなんだか落ち着かない。まるで子供達の修学旅行みたいだ。

 

*酒盛り始まる

彼らはクーラーボックス持参で、中からワインの小瓶を取り出すと一人一人に配りだした。内心「ここで酒盛りかよ…かんべんしてよ…」と思った矢先、僕にもワインを差し出してきた。何度か断ったのだけど、向こうも負けずに勧めてくる。最初は静かに過ごしたいと思っていたのだけど、もともと大勢でわいわいやるのが好きなたちなのもあって、差し出されたワインを断りきれず、ついに受け取ってしまった。

みんなで乾杯して自己紹介が始まった。彼らのうち一人だけ片言の英語を喋る意外はみんなドイツ語を話す。"日本から来た"ことさえ伝えるのが大変だったけど、身振り手振りで何とかコミュニケーションをとってみました。

とにかくめちゃくちゃ陽気なこの集団、聞いてみるとブリークに住むスイス人だそうな。そして彼らはオペラ劇団のグループで、これからベローナへ公演のために向かうのだという。そう、ベローナと言えば古代ローマ円形闘技場の遺跡をそのまま野外劇場としてつかう、オペラの祭典が有名。もしかしたら、彼らがあの舞台でオペラを演じるのかもしれない。


さて、そんなこんなしているうちに、ちょうどお昼時になりました。別のクーラーボックスが登場して中からパンやハムや野菜が出てきて、その場でそれらをはさんだサンドイッチを振る舞ってくれた。その日は節約しようと"昼抜き"を覚悟していたので、空腹に任せてばくばっく豪快に食べていたら、「これも食え、あれも食え」ととにかくいろいろ出してくれて、たぶん彼らの分まで食べてしまったんだろうな、しかもかなり、と今思う。あの辺の食材はシンプルで本当に美味しい。チーズも野菜もパンもそのまんまでも美味しい。

 

*車内でオペラ始まる
ワインと食事、お腹が満足したら次は歌。

やたら陽気なオペラ団、彼らドイツ語でなにやら陽気に話しては時々歌が混じる。その歌は、オペラ歌手の豊富な声量と表現力、間近で聞くと大迫力だった。その列車のその車両は彼らに占領されたらしく、あっちこっちのコンパートメントから笑い声やら歌声やらが響き、やたらにぎやかだった。

うちのコンパートメントも"それじゃあみんなで歌おう!"と言うことになった。"マコトはバスはできるか?"と聞かれたので(その時ちょうどバスがほかのコンパートメントにいたらしく)、すかさず低い声で"ア~"とそれっぽく発声すると、"よし!マコトはバスだ"とパートを振り分けられた。僕には歌詞のないひたすら"ドゥビドゥビ…・・"のパートを与えられた。急遽参加の僕のために単純な曲を用意してくれて、僕のパートは旋律も歌詞(ドゥビ・・・)も単純だったのですぐ覚えられた。事前のチェックで全員スタンバイOKとなり、"1,2,3"のカウントに続き"ドゥビドゥビ…・・"と始まった。僕のパートはともかく、その他はとてもきれいなハーモニーで歌うのをやめて聞きいってしまいたかった。そのうち他のコンパートメントからも別のメンバーが飛び入りで参加したり、この曲を何回かみんなで歌って過ごした。その後も何曲か歌を聴かせてもらって、ブリークからミラノまでの3時間あまり、本当にあっという間の時間でした。

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*お別れ

そしてミラノに近付いた頃、みんなで最後の最後まで”マコト”の名前入りでお別れの歌を歌ってくれた。後で別のコンパートメントから歌に飛び入りしたメンバーは英語が話せたので、彼に「たくさんのサンドイッチと美しい歌声と最高に楽しい時間をありがとう!」と僕の別れの挨拶とお礼を通訳してもらい名残惜しみつつ僕はコンパートメントを離れ列車を降りた。列車が出発して彼らの姿が見えなくなるまで陽気な歌声が響き渡っていました。


このミラノへの列車の時間は僕の旅行経験の中でも最も楽しかった移動の時間でした(そして唯一の緊張なしのイタリア入国)。僕はこのミラノ滞在のあと、予定してなかった彼らの目的地ベローナへ行くことに決めた。

 

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