cafe mare nostrum

旅行の記憶と何気ない日常を

カエサル小話 今年の3月15日

今年も3月15日がやってきた。今日は8年前他界した父の葬儀を行った日であり、西洋世界の英雄で、僕にとっても、とても身近な存在であるユリウス・カエサルが暗殺された日です。ヨーロッパ人ならほとんどの人が3月15日と聞いたらカエサルが暗殺された日と認識しているとか。

Ides Martiae

これは3月15日を現すラテン語で、Martiaeの中に微かに英語のMarchの起源が見られます。

毎年この日が来るたびにいろいろな思いが交錯して、カエサルの人生を見返しながら今までの人生とこれからの人生をぐつぐつと考えるわけです。

僕は20代でカエサルに会い、30代、40代それぞれにカエサルの人生を辿り今50代。かれこれもう30年の付き合いになるんだなあと思うと、勝手ながら古い友達のようにも思えてくる。

この30年、カエサルを知れば知るほど、2000年も前に活躍したカエサルという人物の才能の凄さと人としてのしなやかさと、そのバランス感覚に脱帽し、だから現代に至るまでとても身近に扱われるのだと、改めてその存在の稀有さを思い知るのです。

やはり20代の僕に40代50代のカエサルは遠い存在で理解しきれなかった。カエサルほどではないにせよいろいろな出来事、ピンチをくぐってきた今、なぜカエサルが40代でガリアを平定できたのか、なぜ50代で一気に国の形を変えられたのかがよくわかる。

もちろん僕が与えられる影響範囲は狭いけど、その理由がよくわかるんです。

僕がもしカエサルなら、来年の今日、暗殺されて命を落とすわけです。カエサルはローマ帝政への道半ばで暗殺されてしまいます。大事業の完成を前に、命を絶たれて、この世に悔いを残して死んだという人がいるかもしれない。でも僕は全くそんなことはなかったと断言します。後世含めてカエサルがこの時点で暗殺されたことを憂う人は大勢いるとしても、その時代を超えた大勢の意に反してカエサル自身は、何の憂いもなく晴々とこの世を卒業したのです。

その理由はこの後明らかにしていきます。

 

毎年3月15日は何かモヤモヤっとしていることが多いのですが、今年の3月15日は久しぶりに晴々とした気持ちでいる。

賽は投げられた!そんな気分なのです。

 

cmn.hatenablog.com

cmn.hatenablog.com

cmn.hatenablog.com