ジョット鐘楼(Campanile di Giotto)
一見するとサンタ・マリア・デル・フィオーレと一体化した鐘楼のようにみえるのですが、独立した建築となっています。高さ84m、大聖堂のファサードと同じく色大理石の装飾で覆われた鐘楼です。この鐘楼建設を最初に指揮した建築家の名前を冠して「ジョット鐘楼」と呼ばれます。
どちらかというと画家としてのキャリアが長く、ルネサンス美術への影響も大きかったジョット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondone 1267-1337)。晩年に建築家としてサンタ・マリア・デル・フィオーレと鐘楼の建設工事に関わります。
ジョット鐘楼は1334年聖堂建設の総監督となっていたジョットによって着工されました。ジョットは下の2層までの工事を見届けて、1337年に亡くなってしまいます。
その後、ジョットの後任となった弟子のアンドレア・ピサノによってその上の2層が完成、さらにフランチェスコ・タレンティによって、最上階の工事が進められ1387年にこの鐘楼は完成しました。
建設期間はそれほど長くはないものの、担当した責任者によって下から上に向かって少しずつデザインが変わっていきます。
ジョットが関われたのは最下の2層だけですが、もともとジョットの設計であるということで現在の渡って「ジョット鐘楼」という名前で親しまれています。
14世紀に完成したジョット鐘楼の装飾と、19世紀に完成した大聖堂のファサード。500年の時を隔てて作られた二つの建物が、まるで同じ建物のように見えるところが感動的です。でもやはりよくよく見ると違いがわかります。
ジョット鐘楼は屋上に上がることができます。
そしてここからのサンタ・マリア・デル・フィオーレのクーポラの姿、フィレンツエの街の様子は素晴らしい。とてもコンパクトなフィレンツェの街の様子が手に取るようにわかります。
左手にあるのはミケランジェロの墓のあるサンタ・クローチェ教会。奥の丘の中腹がミケランジェロ広場。
こちらはヴェッキオ宮殿とウフィッツィ美術館方面。
同じトスカーナの街でも上から見下ろした時の印象は、街によってさまざま。
特に家家の壁や屋根の色でその印象がきまります。フィレンツェは鮮やかなオレンジ、シエナはくすんだオレンジ、ルッカはくすんだオレンジ少しグレー、ピサはどんなだっただろう。。高いところに登らなかったのでわからない。