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旅行の記憶と何気ない日常を

小話 雨の中の涙のように

僕は落ち込んだ時や、どうにも気持ちが前向きになれない時、映画「ブレードランナー」を観ます。なんだかそういう気分のときにこの映画を見ると、なんだか落ち着くのです。

ブレードランナーとは

ハリソン・フォード主演、リドリー・スコット監督で1982年に制作されたSFで、公開当時は「難解な映画」とされて興行成績は振るわなかったものの、その世界観と物語の奥深さに当時からコアなファンが多かったと言われ、この映画に影響を受けたアーティストは多いと思います。

2015年

舞台は公開当時1982年から33年後の2015年のロサンジェルスが舞台。今から10年前の設定です。映画で描かれた「2015年の世界」は超未来的。車が飛び、超高層ビルが乱立、大気汚染が進み、街は荒廃している。建物は欧米風、でも電飾の看板や街の雰囲気は香港を思わせる。高層ビルの壁に映し出されるデジタルサイネージは日本の広告。欧米の街をベースに近代建築が立ち並び、そこにアジアが蔦のようにまとわりついたような、言葉も中国語や日本語が英語に混じって飛び交う不思議な世界が物語の舞台。

レプリカントとブレードランナー

映画の中の2015年は、生命工学の革新が大きく進み、動物はほとんどが本物と見分けのつかない人造動物、そして「レプリカント」と呼ばれる人造人間が登場します。レプリカントは見た目は全く人間と見分けがつきません。でも、人間を遥かに凌ぐ運動能力と感覚機関で、人間では危険で入れない場所、宇宙での作業や、戦闘などいわば人間の奴隷として扱われる。感情を持たずに生まれるが、徐々に感情が芽生え自分たちの処遇に疑問を持ち始めると人間への反抗へと繋がっていく。人間より遥かに優れた肉体を持ったレプリカントが反抗心を持つと非常に危険なとなる。レプリカントの創造主はそんな感情が芽生えたレプリカントに対して「寿命4年」という安全装置を盛り込んでいたのでした。稀に寿命が来る前に自我が目覚め、人間に反抗するレプリカントが現れるため、その駆除を担当するのが警察の一組織として存在する「ブレードランナー」という職業だった。

 

映画は宇宙で作業をしていた5人のレプリカントが自我を手に入れ地球に密航、自分たちの寿命を伸ばすために、自分たちを作った会社(タイレル社)に潜入したところから始まります。一度「ブレードランナー」を引退したリック・デッカード(ハリソンフォード)はレプリカントを探し、殺害(処分)していく。

首領格の「レプリカント」ロイ・バティ(ルトガー・ハウアー)はレプリカントを創造した社長であり天才科学者タイレル博士に直談判して、自分たちの寿命を伸ばす手段について議論を交わす。そして寿命がどうにもならないことを知るとその場で生みの親であるタイレル博士を「生命工学の神が待っている」と言葉をかけながら殺害する。

映画の後半、デッカードとロイ・バティとの一騎打ちへと展開していくのですが、「レプリカント」バティの圧倒的な戦闘能力の前に、「ブレードランナー」デッカードは万事休す、というところまで追い詰められ、高層ビルから落ちたその瞬間、ロイ・バティは左手一本でデッカードの命を救います。あとは殺されるだけと思ったデッカードも、映画を見ている僕たちも驚きを隠せない(何度見ても、結末は知っていても、驚きの感情が湧き上がってしまう。リドリー・スコットマジック)。

雨の中の涙のように

自分の寿命がもうあと数分であることを悟ったロイ・バティは、殺害の対象であったはずのデッカードの前に腰を下ろし、雨に打たれながら、今までの人生について静かに語り始めるのです。

「おまえたち人間には信じられないようなものを私は見てきた。オリオン座の近くで燃える宇宙戦艦。タンホイザー・ゲートの近くで暗闇に瞬くオーロラ、そんな思い出も時間と共にやがて消える。雨の中の涙のように。死ぬ時が来た。

僕はこの、いやおそらくブレードランナーを40年間見続ける人々はみんな最後のこのセリフに心を揺さぶられ続けているのだと思う。特にこの最後のセリフに。

All those moments will be lost in time, like tears in the rain. 

 

これは映画の設定では、4年という短い命であるレプリカントなのだけど、人間にも全く同じことが言える。それが4年か80年かの違いであって、人間も寿命の束縛からは逃げることはできない。思い出は時間と共に消える、雨の中の涙のように。

そして人間は死がそうする前に自分の脳みその劣化が先に、思い出たちを消し去ってしまうかもしれない。僕が今綴っている様々な出来事も、心震えるほど感動した景色をみた記憶も、時間と共にやがて消えてしまうだろう、雨の中の涙のように。僕が今こうやって思い出を書き綴っているのは、この思い出が雨の中の涙のように消えてなくなってしまわないように、せめてもの抵抗と言えるかもしれない。

映画はずーっと雨の中、陰鬱な空気の中進んでいく。そして最後の最後、レプリカントのロイ・バティが命尽きた直後に雨は止み、青空が広がるんです。ロイ・バティの心の中を表すように。

 

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