紀元前63年のこの年、カエサルは37歳で最高神祀官(Pontifex Maximus)になります。「最高神祀官」はローマの宗教に関する最高責任者で、ローマの官職のなかで唯一定員がひとりだけ、しかも終身職で他の官職との兼務OKという特殊な位置付けがされている。カエサルはこの年、独自の選挙運動によって波いる重鎮を押し退けこの官職を手に入れます。そしてフォロ・ロマーノの中心にある最高神祀官の公邸に住み始めるのでした。
そしてこの年「カティリーナの陰謀」という事件が起こります。
カティリーナ(Lucius Sergius Catilina)という執政官になりたくて三回選挙に立候補して三回落選した元老院議員がいました。カティリーナは失望して、落選の理由を周囲の妨害や理不尽さに求めたがために、失望が深い恨みに変わり首都ローマの武力占領を謀ろううとするのでした。しかしこの人、スッラの元で頭角を表したものの、それほどの器もなく優秀でもないことが周知のことでした。結局はローマ転覆の計画もずさん、事前に情報も漏れ、カティリーナは何もことを起こす前に元老院最終勧告(国家叛逆)を受ける。反乱を企てた5名が処刑され、カティリーナの元に集まった3千人の反乱者がローマの鎮圧軍によって殺された。
これだけを書くと「カティリーナの陰謀」がなぜローマ史上有名であるのか不思議に思ってしまいます。カティリーナの器、未然に防がれた反乱。ローマ転覆を狙ったカティリーナに元老院最終勧告が発布されたとはいえ、結果は大事には至っていないこの事件になぜこれほど注目が集まるのか。
その答えはこの時、カティリーナの事件をとりまく名脇役たちによるところが大きい。当時繰り広げられた見事な論戦を、当人たち、また同時代の歴史家サルスティウスの手により記録され書物として発行されたことによって今に至るまでこの一件が語り継がれるのです。カティリーナを追いやり執政官となった弁護士キケロ、体力と気力で喋りまくる小カトー、そしてカエサル。
元老院でこの三人が論戦を繰り広げる「カティリーナの弾劾」という場面があります。
キケロによって緊急招集された元老院議会で、クーデターを企てたカティリーナへの弾劾はキケロが口火を切り始まります。この時の弁論はいまでもヨーロッパの高校生が訳して勉強するそうで、弁護士キケロが執政官キケロとして「国家ローマを救うため」と気負った演説を展開、そしてキケロの弾劾に対してカエサルが元老院最終勧告の理不尽さと矛盾をつく反論を繰り広げる。ローマ市民を裁判もなく処刑するのがローマなのかと、議場の空気を変える。しかし小カトーはそのカエサルの弁論を打ち消すような馬力で議場を押し切る。。この時の様子を克明に記したのが今でも本屋に並ぶ歴史家サルスティウスによる「カティリーナの陰謀」。
そして下の絵は後世の画家が、この時の様子を想像で描いたもの。右端にぽつんとうなだれているのがカティリーナ、左で両手を広げ演説をしているのがキケロだという。
Cicero Denounces Catiline (1888) Cesare Maccari
カエサルは前年の執政官選挙でクラッススとともにカティリーナを推していた。カティリーナの素養を知る元老院議員たちはカティリーナにそんなクーデターの計画など立てられるはずがないとカエサルを黒幕だと疑っていた。本当のところは分からないけど僕はカエサルは関わってないと思う。カエサルが関わっていたらもっと用意周到にことを進めただろうから。。カエサルはもともと、一個人を問答無用で処刑までできてしまう「元老院最終勧告」に強い嫌悪感を持っていたので、今回の演説の動機の多くはそこにあったはず。
結果的に、キケロ、小カトーの主張が元老院を支配して、カティリーナの一派は処刑されることになります。それを弁護したカエサルは国家転覆を画策した人物を擁護したとして、しばらくの間ローマの街を出歩けなくなってしまったといいます。
サルスティウスの著作のほか、キケロ自身もこの時の弁論を記録させて、知り合いを通じて出版したといいます。これらによっておそらくこのクーデター未遂事件の本質以上に、歴史的に多く取り上げられてきたのだと思うわけです。
ここまでがカティリーナの陰謀の主な話。
僕は「カティリーナの陰謀」の一連の出来事の中、キケロの弁論より、カエサルの反論より、すごく重要でとてもカエサルらしいと思っている出来事があります。
カティリーナの陰謀についてキケロや小カトーが弁論している元老院議会の最中に、カエサルがメモをしたため従者に持たせて出しました。するとしばらくして従者が手紙をもってカエサルの元に戻ってきた。カエサルは一読すると折りたたんで仕舞います。この一部始終を見ていた小カトーが鬼の首とったが如く、カエサルを糾弾する。
「見ろ!カエサルは今外にいるカティリーナ一味と連絡をとっていた」と小カトー。
カエサルは「これはごく私的なものに過ぎない」何いってんの?と、取り合わない。
小カトーはその手紙を見せてみろ!とカエサルに迫ると、カエサルはあっさり渡します。その手紙を受け取った小カトーは顔を真っ赤にしておとなしくなってしまった。
その手紙はカエサルの一番の愛人からの恋文だった。しかもその人は小カトーの義理の姉。今までの緊迫した空気は小カトーに向けた元老院議員の大爆笑によって一気に変わります。
実はこの時を境にカエサルの「カティリーナ黒幕疑惑」はほぼ晴れたといわれているのです。と考えるとこれはカエサルの仕込みだったのかもしれません。
そうであったとしても、そうでなかったとしても、とてもカエサルらしい、そして注目すべき出来事です。