世界遺産
紀元前509年にエトルリア出身の王タルクィニウスを追放し共和政への舵を切ったローマでしたが、周辺諸民族との戦いや内紛など、なかなかすんなり安定運行とはなりません。アテネに調査団を送って、「十二表法」を作るも逆効果、貴族と平民の溝は深まるばかり…
ローマきっての観光名所となっている真実の口( Bocca della Verita)。 フォロ・ボアリオから通りを挟んだ向こう側には、かつてヘラクレスための大きな祭壇があったといいます。昔ここに出没した牛泥棒を退治したのがヘラクレスである(ということになっている…
フォロ・ボアリオ(イタリア語: Foro Boario / ラテン語: Forum Boarium) 真実の口広場に面しテヴェレ川のほとりに位置するフォロ・ボアリオ。ここには共和政ローマ時代の古い二つの小さな神殿が残された、静かで小さなフォロです。 パラティノ、カピトリーノ…
B.C.3世紀頃からローマで「ギリシアの演劇」が上演されるようになって、半円形劇場はギリシアにならって古代ローマの都市において、フォロ、円形闘技場、公共浴場とセットで整備される重要なインフラとなりました。 ラテン語でマルケルス劇場(Theatrum Marce…
チルコ・マッシモ(イタリア語: Circo Massimo) キルクス・マクシムス(ラテン語: Circus Maximus)はフォロ・ロマーノとはパラティノの丘をはさんだ反対側にある、その名の通りローマ最大(Maximuus)の戦車競技場(Circus)でした。 王政ローマの第5代王タルクィ…
Regnum Romanum「王政ローマ」と聞いて、僕は初めてそれを知った時とても「意外」な印象を持ちました。「ローマ」と聞いて一番連想するのが、多分「ローマ帝国」次に「共和制ローマ」。でも建国から約200年、ローマには王様がいたのです。そしてその王政も実…
ローマを歩いていくと、ところどころでちょっと不思議な建物に出逢います。初めて目にしたあれは、今ではもう、どこの何かもわからない。歩きながらふと道端の建物に目をやると、外壁がなんだか不自然に凹んでることに気づきました。少しずつ視線を下の方に…
V,エマニュエレ2世記念堂 / Monuumento a Vittoriano Emanuele Ⅱ フォリ・インペリアリ通りの北の果てに、ヴェネツィア広場があります。そこには白亜の巨大な建物が聳えています。 これは1885年のイタリア統一を祝し、その立役者となったヴィットリオ・エマ…
フォリインペリアリ通り(Via dei Fori Imperiali) フォリ・インペリアリ通りはヴェネツィア広場からコロッセオまで延びる大通りです。「フォリ・インペリアリ」とは「皇帝たちのフォロ」。その名のとおり、通りをはさんだ一帯はローマの皇帝たちが築いた多く…
「フォロ(イタリア語)」とはラテン語で「FORUM(フォルム )」となり、神殿や市場、図書館など様々な公共施設が集まる公共広場のことを指します。古代ローマでは街の大小に関わらずどこに行ってもフォロ(フォーラム)は存在して、沢山の公共施設が建ち並びま…
フォロ・ロマーノの風景 ローマの景色はそれだけでも絵になりますが、カメラのファインダーから伝わってくる、長い長い歴史の深さは写す風景を一層深いものに仕上げてくれます。そんな気がします。 コロッセオからフォロ・ロマーノを眺める夫婦。 神殿の名残…
紀元前753年4月21日、ローマが誕生しました(ということになっています)。 ローマ人のルーツはトロイの木馬の物語で知られるトロイア人(とローマ人が言っています)。あの有名な「トロイの木馬」として現代に伝わる物語がローマの始まり(ということになってい…
パラティノの丘(Palatinus/Palatino) 古代ローマ7つの丘の中で、神聖なカピトリウムの丘と並んで重要な丘パラティノ。ここはローマ発祥の場所とされます。 フォロ・ロマーノの入り口あたりからはパラティノの丘は奥に緑に覆われた丘として見えます。この丘か…
フォロ・ロマーノにはたくさんの神殿や公共建造物があります。神殿やその他公共施設の円柱や基壇が残るほか、地面には円柱の一部や、柱頭、梁など実に様々な構造物が転がっています。ほとんどが原型をとどめておらず、今でもわずかに残る神殿の円柱が、無造…
ローマの街でよく耳にする「フォロ / Foro(イタリア語)」はラテン語で「フォルム / Forum)」と言い「公共広場」を意味します。そして"Forum"は「フォーラム」として現代日本でもよく使われる言葉となっています。ということでフォロ・ロマーノ / Foro Romano…
フォロ・ロマーノ/ Foro Romano カンピドリオ広場を抜けて、突然開けた視界に飛び込んできた僕がはじめて見たフォロ・ロマーノの姿。ローマ帝国の中心部、世界の首都(Caput Mundi)の姿です。 「レンガの街を受け継ぎ、大理石の街として残す」 初代皇帝アウグ…
カンピドリオ(カピトリーノ)の丘 (Monte Campidoglio / Capitorino)は僕がローマで最初に訪れた場所です。当時郊外のホテルから無料送迎バスに乗って最初に降りたのがカンピドリオ広場の下。ここから丘の頂上に向かう美しい階段のような坂道、コルドナータ(…
アリタリア航空でミラノを経由してローマにはいると、フィウミチーノ空港に到着するのは夜の8時頃。そこから入国手続きをしてから電車でローマのテルミニ駅へ向かうともう外は真っ暗です。 空港からローマ市街の中心まで約30分ほどの電車の旅になるのだけど…
もしローマの歴史を深く知りたいと思えば、たくさんの本とインターネットの世界がその欲求を十分かなえてくれるでしょう。現代人が書いた本、ルネサンス期のイタリア人が書いた本、そして古代ローマ人が自分の国について書いた本。いろいろな時代のいろいろ…
世界最小の国家ヴァチカン市国。東京ディズニーランドより狭いこの不思議な国の生い立ちはなんなのか。 テヴェレ川が屈曲するこの一帯には、かつてネロ帝の庭園やカリグラ帝の競技場、ハドリアヌス帝の霊廟、そしてアウグストゥスの皇帝廟がありました。しか…
スペイン広場は映画「ローマの休日」でオードリーヘプバーンが階段にすわってジェラートを食べるシーンでとても有名になった場所。またこの界隈は高級ブランドのブティックが並ぶハイソな地域でもあります。なぜここが「スペイン広場」なのか。珍しい双子の…
現在のローマの鉄道の玄関口、とても近代的なデザインの「テルミニ駅」。その界隈にも古代ローマに繋がる歴史深い建物、遺跡がたくさんあります。 テルミニ駅 サンタ・マリア・マッジョーレ教会 共和国広場 など cmn.hatenablog.com cmn.hatenablog.com
ローマといえば思い浮かぶ観光名所「トレヴィの泉」。僕もローマを訪れると必ず足を運ぶスポットです。単なる観光名所と思われがちですが2000年前から存在している歴史の深い泉のです。そしてローマにあって地味な存在といえるかもしれませんがイタリア大統…
マルチェロ劇場(Marccello)界隈のこの、フォロ・ロマーノとテヴェレ川の間に挟まれた地域も魅力的な遺跡・名所が並びます。 カンピドリオの丘をテヴェレ川の方へ抜けると、古代の劇場に競技場、神殿とテヴェレ川に浮かぶティヴェリーナ島、遺跡ではないけれ…
パンテオン界隈では三つの重要な広場を中心に回ります。 いかにもローマらしい「全ての神々に捧げられた神殿」パンテオン2000年前の姿そのままに存在します。古代ローマでは戦車競技場だった美しいナボナ広場、ローマの領土を最大にして平和な帝国を築き上げ…
フォロ・ロマーノ(Foro Romano)は古代ローマの時代、千年にわたり地中海世界の中心だった場所です。政治・経済・宗教といったいわばローマ世界のすべての中心。そしてローマが生まれた場所。 この界隈には歴史の教科書に出てくる重要な遺跡群とルネサンスの…
「いずこの地もそれぞれ思い出深く、どこがもっとも心に残ったかを決めるのは難しく・・・・ローマです。何といってもローマです。」 映画「ローマの休日」のラストシーン、オードリー・ヘプバーン扮するアン王女は記者団にこう答えました。 「永遠の都」ロ…
昨夜ゆったりと贅沢に夜を過ごして、この年フィレンツェはこのまま綺麗に終わる予定でした。でも昼前にヴェネツィアへの列車が出発するまでの時間、ひさしぶりに明るいフィレンツェを散策することにしたのです。今回滞在中は早朝と夜以外は別の街で過ごして…
僕にとってこの年のフィレンツェ最後の夜は、これといって特別な出来事があったわけではなく、淡々と、しかしとても贅沢に過ぎていきました。自由気ままにすごしたあの時間をのんびりつづります。 ☆ 最後の夜の始まり ☆ その日、朝から一日シエナを歩きまわ…
世界の観光地の例に漏れず、フィレンツェの街も夜になるとあちらこちらで見事なライトアップが始まります。 日は落ち、空から光が引いてゆくとき、ヴェッキオ宮殿の時計塔の横に三日月が現れました。 空の漆黒深まると、燻んだ煉瓦色のヴェッキオ宮殿はより…